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「井上、」 「あ、黒崎君!どうしたの?」 「や、なんつーか」 「……うん?」 「おなまえの、ことなんだけどよ」 HRのあと、帰りの支度をしていると、黒崎君が目の前に立っていて。目が合うと気まずそうに声を掛けてきた。予想していたことだけど、いきなりの話題に少なからずあたしの心は揺らいだ。ドキリ、焦燥感にも似たものが背中を撫でる。何故か慌てだしたあたしの中に、黒崎君の言葉が響く。 「おなまえちゃんが…どうかした?」 知らないふりをして、平然を装ってきき返す。本音を言うと、これ以上聞きたくない。 「最近よそよそしいっつーか、何かあったのかなって」 やっぱり、おなまえちゃんのことか。ズキリと痛んだ胸の内を隠して、どう言おうか考える。 「ごめん、知らない…あたしには、普段通りなんだけどなあ?」 「そっか、わりい」 じゃあな、と口元に笑みを作って手を振ってくれた黒崎君に、また明日、と返して鞄を肩にかけた。黒崎君の表情はまるで、“自分が何かしてしまったんだ”と思っているようで、痛々しかった。ごめんなさい、本当は、あたしのせいなのに。黒崎君のせいじゃないのに。 “普段通り”…そんなわけない。本当は、おなまえちゃんの事だから…大体予想は出来てた。けど、微かな希望と可能性に夢を、みていた。まだ、黒崎君には教えたくない。言える勇気もない。黒崎君も黒崎君じゃないかな。らしくないっていうか。あたしよりも黒崎君の方がおなまえちゃんを見てるのに。…、あたし。また八つ当たりしてる。自分がわからないよ…。おなまえちゃんも大事だし、黒崎君も大切だし…複雑。 「黒崎君!」 「…どーした?」 少し先を歩いている黒崎君を引き止める。廊下にはまだ人がいて騒がしい。声が聞こえる位置まで移動する。 「黒崎君は…」 「なんだよ?」 おなまえちゃんが、好きなの? 「おなまえちゃんを、よくみてるんだね」 「は?」 「おなまえちゃん、黒崎君と仲よくなれてよかったって喜んでたしさ!」 「…そうか? 普通だと思うけど。アイツって結構わかりやすいし」 「そうなんだけどぉー」 やっぱり、きけない。怖いよ。 おなまえちゃんにちゃんと“好き”って打ち明けたときもホントはすっごく怖かったの。何でもおなまえちゃんには話してたのに。好きと打ち明けるのが泣き出してしまいそうなほど怖かった。おなまえちゃんの気持ちを押し切る勇気を頑張って出したんだ。おなまえちゃんが必要としてるのはあたしじゃなくって、黒崎君。 それでも、あたしが伝えたかったのは、黒崎君を素直に好きだと思っていたかったから。気持ちを偽りたくなかったから。それと、あたしなりの意地でもある。あたしだって、黒崎君が好き、そのことだけは否定したくない。あたしの方が、おなまえちゃんよりもずっと先に好きになったんだよ。横から取られるのが嫌だった。もっと嫌だったのは、それもあたしの知らないところで。おなまえちゃんの気遣いもあったんだろうけど、そんなのズルイ。あたしに隠すような、気にするようなおなまえちゃんが嫌だった。気に入らなかった。 でも、おなまえちゃんのあの瞳を見ちゃうと、こんな汚い気持ちが伝わってしまうんじゃないかって、それすらも怖くて。素直に伝えられなかった。あたしのせいであの黒が汚れてしまうんじゃないかって不安で。あの澄んだ深い黒に、醜いあたしが映ってしまったら…きっと全てから逃げてしまう。だけど、おなまえちゃんからは絶対に逃げたくないし、嘘も吐きたくない。向き合わないまま逃げてしまったらきっと更におなまえちゃんを追い詰める事になる。だから、おなまえちゃんに気持ちを伝えた。なのに、 ――― おなまえちゃんはあたしと向き合ってくれないの? 隠してる事、あるはずなのに。私も好き、って打ち明けてくれた方が楽なのに。あたしを気にして、隠してる…なんて、そんな優しさいらないのに。もし、おなまえちゃんがあたしに、話してくれても、否定しないから。それがあたしに出来る事で、優しさだから。前に進んでほしい、姉からの願い。それが、片割れとしての優しさだとあたしは思った。だけど、彼女は自ら引いた。どこか裏切られたようで悲しかった。ほんの少しだけ、ほっとした。嬉しかった…こんな最低なあたしだけはおなまえちゃんにも、誰にも見せたくない。色んな思いが混じりあってそれは少なからず怒りへと変わった。考える事が多くて若干話がこんがらがってしまったけれど、あたしは1つの方法を考えた。それが今あたしに出来る最大限のアクションだ。 あたしの中にも同じくらいの恐怖がある 行動あるのみ! |