黒曜石 | ナノ
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嫌な、夢をみた。姫ちゃんが泣き崩れている、夢。それを、無表情で見下ろす私。長い髪が、嗚咽を漏らす度にに揺れて、風が吹いては長く綺麗な髪が靡いて。どんどん、どんどん、私達は風に飛ばされていくみたいに離れ離れになっていく、夢。小さくなっていく姫ちゃんが、明るい髪も、すべてが黒に飲み込まれて行ってしまう。それでも私はただ無表情で見詰めていて、その場を動こうとしなかった。
それは夢の中だから、なのか。実際こんな事があっても、私はこういった行動を取ったのだろうか。とにかく、あるはずの物がなくて。“好き”って感情がない、夢。好きがないのは、なんて怖い事なんだろう。

「おはよ」
「おはよ」
「今日は早いんだな」
「気分だよ」
「ふーん…?」
「…………」

隣の席になって、初めて感じた苦痛。いやでも会ってしまう。どうしよう、押し殺したいはずの気持ちが私の中で暴れだす。姫ちゃん、姫ちゃん、姫ちゃん。姫ちゃんの笑顔を、思い出せないよ。出てくるのは泣きそうな、苦しそうな顔ばっかり。昨日まで、ハッキリと「好き」なんて言わなかったけれど、姫ちゃんは黒崎君を好きで。私はそれを知っていたのに。すぐ、わかったのに。莫迦じゃないのか自分。何で、何で、私が黒崎君を好きだと、思ってしまったんだろう。姫ちゃんは…そんな、私が否定し続けた、隠してたき持ちに気付いたの? 一番大切な姫ちゃんの大切な人に横恋慕をしてしまった私を恨みますか…? 姫ちゃんが話してくれた黒崎君を思い出す度に、ちらつく姫ちゃんと黒崎君に罪悪感とか後ろめたさがあって。でも、居心地が良くて、皆の中にいる私はとても楽しくて…嬉しくて、抜けられなくて。とめられなくて。歯止めがきかなくなる前に、消し去ろうと思った気持ちはだんだん薄れて行って。自分が招いた誤算なのに。自分を殺してしまいたいくらいに、憎らしくて堪らない。私が願った理想はこんな形じゃなかったはずなのに。

「そうだ、おなまえ今日ウチ来るだろ?」

次の科目の用意をしながら尋ねてくる黒崎君に、私はどう答えたら、いいんだろうか。私は、結局…どちらかを手放さなければいけないんでしょうか。

「行かない」

なるべく、感情を込めないように、

「もう、行かないから」

自分勝手を主張して、突き放す。黒崎君が言葉を発する前に席を立って「サボる」、それだけ残して目もくれずに教室を出て行く。(単位ギリギリなのに…!)
秘密基地まで走る。後少し。2階の誰もいない非常階段、窓を開けると2メートルくらい(実際は1m86cm)下に見えるのは体育倉庫。身を乗り出して、持ち前の身軽さで体育倉庫の上に降り立つ。ここは私が知ってる逃げ道。そこが私の秘密基地。体育倉庫と背に繋がっている校舎に背中を預ける。風が吹きぬける。ちょっとしたスリルを感じる場でもある。ここは私の小さなお気に入りのスポットだった。滅多に人は来ないし、陰に隠れてしまえば捉えにくい。はぁあ、と大きく息を吐く。誰にも見られなかったという安堵。
あれから、色々考えてみた。泣くかな、と苦笑い混じりに考えていたのだけれど、不思議と涙腺は乾いている。私が強くなった証拠だろうか?自嘲気味に笑う。それとも私の気持ちなどその程度のものだったのだろうか。まぁ、そうなのかもしれない。恋と呼ぶには不安定すぎる。好きの意味が判らない。この好きはなんだろうと逆に問いたくなる程だ。どちらにせよ私が冷たいという事になる。硬く目を閉じる。

ここ最近、お昼は屋上で皆とだったから、急に私がいなくなったら驚くかな。悲しむかな、寂しい、って思ってくれるかな。何も変わらないかなあ。気にされない事が怖い事を知っている私の中に感覚が、黒崎君と出会う前の私を思い出す。怖いなあ。はは、乾いた笑が自然と漏れる。

「私は、悲しいんだけどなあ…」

前の関係に戻るだけだよ? 簡単な事じゃないか。寂しいけど、私が不安になる事なんて何もない。何一つ。硬く閉じていたまぶたを開けると差し込んできた太陽の光に眩暈を覚えた。ちょこっと寂しいだけ、だよ。言い聞かせる。私なら出来るよ。今までだって、ずっと一人でそうしてきたじゃないか。まだ、あの頃の私を忘れたわけじゃない。距離を置こう、私から皆を裏切ってやればいい。もう高望みはしない。黒崎君との関係は断ち切る。

―― ああ、こんなにも簡単な事なんだね。
それでも、涙は出てこない。泣く事に臆病になってしまっただけなのかもしれない。いつしか(幽霊の)彼女が『泣ける強さもある』と言っていた。私は、泣かないのが強いと思っていたのに。今は何か違う。強くありたい、だから泣かない。それが間違っていたのか。人の考えは人の数だ。彼の真っ直ぐな瞳が脳裏に浮かぶ。


矛盾を消そうなんて不可能なのかもしれない。
感情の、かく乱