黒曜石 | ナノ
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起きるとそこはベッドの上でした。…なんで?

「おはよ」
「おはよう」

起きた私の視界に一番にはいってきたのは最近よくお馴染みのオレンジ頭。彼は読んでいた雑誌をパタンと閉じながら声を掛けてきた。あれ、え、ていうか黒崎君ですよね?オレンジ頭の知り合いなんて黒崎君しかいないんだけれど。え、黒崎君?!
ということはもしや私が今いるのは黒崎君のベッドの上…。

疲れてんだろ、もうちょっと休んでれば。なんて労わりの言葉も今の私には届かない。
思い出した。私夢見てたんだ。黒崎君にあれだ…その、外国人の人達の挨拶みたいな…恋人同士がするようなとにかくあれだ。キキキキキ…!ヒィー言えない!恥ずかしくて単語を並べたくない!しかも黒崎君相手にっておま、ちょ、どんだけ欲求不満なの私は。え、欲求ふま…えぇ?!もしかして、発情期?!いや、え、え、私が?!そんなまさか!いやまぁそれは置いといて、恥ずかしい。ちょっと黒崎君に抱いた違和感も夢の中だったからに違いない。妙にリアルだった。
よく考えてみろ。黒崎君が私なんかにそんな事するわけないじゃん。したいとも思わないだろうし…ってなんでしたいとも、とか考えちゃってんの。何を期待してるって言うの私は。バカみたい。あんな夢なんて、見たくなかったよ。夢の内容が恥ずかしい、それ以外に何もない。寝癖を直してる場合じゃない。飛び起きるとスプリングが大きく軋んだ。悩みの種、張本人が目の前にいるというさながら拷問されているような気分に浸りながら、重い口を開く。だけど出るのは空気と形にならない不完全な単語。何を言いたいのかまとまらない。

何だか黒崎君の表情が申し訳なさそうなのだがこの際なんだっていい。申し訳ないのは私のほうだ。困り果てた私に助け舟が出された。下から遊子ちゃんの声がした。

「わ、わた、し、遊子ちゃんのお手伝いしてくるね!」

急に立ち上がった私に驚く黒崎君を気にする間もなく、逃げるように部屋から飛び出した。深く息を吸い込んで吐き出した。落ち着け。頭が痛い。私が、もし、仮に、…仮に、もし、そういう事(キキキキス、とか…!)を望んだとしても忘れちゃいけない。それを現実にすることはしちゃいけないんだ。彼は姫ちゃんの想い人だということをちゃんと受け止めなくちゃいけないんだ。最近の私は本当にどうかしてた。浮かれすぎていたんだ。うっかり、一番大事なものを失念していた。…姫ちゃんを悲しませたくないならここへだって来るべきじゃない…のに。
バイトと称し黒崎家にきては家族のように迎え入れてくるのが嬉しくて、甘えていた。だって姫ちゃんは大切な双子の片割れだけれど、何処か家族とは違っていたし、負い目だって感じていた。そんなコンプレックスを感じなかったから、私自信と接してくれるのが、認められているんだと、暖かかったから。実際はバイトというよりもテスト前の勉強会がメインになっているけれど。(バイトを掛け持ちしている私に黒崎君が提案してくれた)
それは素直に嬉しかったし、目標に向かうための努力と考えれば自分を褒めてあげられた。なにより助かった。でも決してそれ以上を望んじゃいけない。それを自分に言い聞かせているつもりだったのに…忘れてた。姫ちゃんが私の仲で消えてた。自分を責めた。矛盾している現状も屁理屈で正当化しようとしてる自分も。醜い。後ろめたさ、罪悪感、それを背負ってでもここに居たいって思ってた。彼女に内緒でここに入り浸っていていいのだろうか。答えはノー。突破口はない。見つけたくない。これは姫ちゃんのためじゃないよ。私自身ため。彼女自身をまだ悲しませたくないし、私がこれからやり辛くなる。それはなんとしても避けたい。穏便にくらしたのに、それすら難しいなんて。ごめん、ごめんなさい。ごめん。
トントンというまな板と包丁が奏でる音を耳にし、今は考えない事にして階段を駆け下りた。

「お手伝いするよー」
「本当?じゃあにんじんの皮剥いてくれますか?」
「あ、包丁はちょっと…」
「え、」
「じょ、冗談です」


私は逃げてばかりだから。欲張りでズルイ奴だからもうちょっとこのままで
考えたって結局