黒曜石 | ナノ
×


井上さんの妹君らしいあの子の名前はおなまえというらしい。素敵なお名前だ。おなまえさんが来ている時に、2人を少々興奮気味に見守る姐さんのスカートの中に入っている伝令神機がオレの耳のすぐ側で鳴り響いた。ちょうど姐さんの方に身体を向けた時に鳴ったモンだから運悪くオレの古傷にも響いたぜ!ズキィィーンってな!!

「何の音?」
「あ、え、っと…多分夏梨らがゲームかなんかしてるんだろうよ!」
「そっかー。でも何か押入れの方から聞こえない?夏梨ちゃん達のお部屋ってあっち側じゃ…」
「じゃあ近所の人かなぁー!!!」
「でも押入れから…」
「そうだおなまえ!晩飯食ってくだろ?」
「うん、遊子ちゃんに誘われたの!」
「(わー嬉しそー)じゃあ今日の晩飯は豪華かもなー!楽しみだー!そうだおなまえー、下行って何作ってんのかみてきてくれね?」
「え、いいけど…なんか棒読みじゃない?どうしたの? 汗凄いですよ…?」
「アチィー!やべぇなコレあつ!ここ暑い!窓開けるわ!」
「そ、そんな暑いかな?…じゃ、じゃあ、ちょっと見てくるよ」
「お、おおおう!行ってらっしゃい!」
「………?」

おなまえさんが不思議そうな目で一護を見ながら部屋に出て行った後、素早くオレ様と一護が入れ替わったって訳だ!

「変な事すんじゃねぇぞ!」

返事は、しなかった。いやべつにやましい事を考えてたわけじゃねえ! なんとなく、なんとなくだ! 気分だ! ちょっと一護のヤローが気に喰わなかっただけだ! 別に変な事をしない自信がなかったからじゃねぇ!! オレはウハウハな気分を表に出さないように細心の注意をしながら、一護が座っていた場所に腰を下ろした。ガチャリ。ドアが開いておなまえさんが入ってくる。オレを見て「下に誰も居なかったよ?」、報告を告げた。「まだ買い物かな」そう答えたオレにキョトンとした顔をした。まるで知らない奴でも見るような目で。一瞬、警戒心を剥き出しにしたような表情がなんとも切ない!

「じゃあ、帰ってきたら夕飯の準備手伝おうかな」

ぎこちなく笑って、オレの目の前に座った。てっきりアナタ誰ですかとストレートに訊かれやしないか焦ったが、よく考えてみれば一瞬にしてオレと奴を見分けられるわけがないのだ。そんなん出来る奴いねぇ。だってオレは今、一護になっているんだから。一瞬の警戒心も、違和感も、ほんの僅かで核心とは程遠い物。目を細めて笑ったおなまえさんに胸が高鳴る。今すぐその谷間にダイブしたい。そんな衝動に駆られながら、一護への恨みにも似た嫉妬心が芽生える。
神様、どうか一護のバカがおなまえさんの胸に飛び込む日なんて来ませんように!!
奴は一人で幸せを噛み締めているんです、神様。
どうかどうか、どうか!天罰をお与えください、神様。
オレには何も恵んでくれないヤローなんです、神様。
どうかどうか、今夜寝てるアイツの顔に卑猥な単語を書きまくる事を許してください。ちょっとした復讐心なんです、神様。もちろん油性ペンででかでかと。

「疲れてる?」

不意に出された言葉に対処が遅れる。オレが?疲れてる?有り得ない、癒されてます。アンタはオレの心のオアシス!天使だ!癒しだ!

「何言ってんだよ!疲れてなんて」
「さっきからおかしいし…それに」
「いや、そんなんじゃ(それは一護がおかしいだけであってオレがおかしいわけじゃない!)」
「眉間の皺、忘れてるよ?」
「え、」
「あ、でも疲れてないのに眉間に皺があるのも変かも…あれ、じゃいつもの黒崎君は疲れてて…? ごめんね、変なこと言っちゃって! 自分で言ったことなのにこんがらがっちゃった」

誤魔化すように力を抜いた笑みに隠れて安堵の息をついた。迂闊だった。目敏いぜ。鋭いところを指摘してきたぜ。アイツのチャームポインツとも言える眉間の皺を忘れるたぁ、オレも油断しすぎたか。あっぶねー! だってだって〜胸と瞳に釘付けだったんだもーん! それよりも、まさかオレが一護じゃないと気付いたか。それはヤバイ。困る。そんなこと思いつつオレの目が行くのは形の整った唇と……胸である。アレ、意外とあるな。着やせするタイプか…Cか…。実はD? いや、Cだな。 って あれ、あれあれあれ? 何か顔近くねぇ? あれ、オレってばいつの間にこんな急接近したんだってばよ!! なーんかキスとか出来ちゃいそうな距離ー? レッツ発情☆男の性!!若気の至り! このまま見詰め合って…見詰め合って…見詰め合って……おなまえの瞳が閉じる。これはチャンスか脈ありか。
唇まであと数センチ。残り僅か5cm。これも一護のためだと思って…。残り、2cm…

「いやぁぁあぁ!」
「ぐわっ、ぶっ!」

アッパーカットよろしく顎を下から押し上げるように腕が伸びてきた。首が折れそうだ。切断される…!!ぐ、ぐるじいぃ…。首の皮千切れそうコレ! 頭落ちそう…! おなまえさんの悲鳴を聞きつけた忠犬がオレ様をサッカーボールの如く蹴り飛ばしたのはそれから3秒後だった。姐さんが隙をみておなまえさんを気絶させる。その動作は神業の如く素早くて何をしたかは見えなかった。

「ああぁぁあ、どうしてくれんだ自分の頭蹴っちまったじゃねーか!!」
「フンだ!オレのせーじゃねぇやい!」
「テメェ、変な事すんなつったじゃねぇか!」
「へ、変な事って…お前の代わりにキスしようとしただけじゃねーか!ヘタレ一護の代わりにな!」
「キ?!お前オレがいない間になんてことを…!したのか!したのか?!」

ちょっと嬉しそうだなオイ。これだからムッツリはよー!

「まぁ…したかしてないかは兎も角…思い切り拒絶されてたな。」
「ぐっ…!」
「きっと一護の口が臭かったんスよー」
「ちげぇ!」
「あぁー幸せだー。おなまえさんのく、ち、び、」
「ほーら、コン。お前の体だ」
「え、ちょ、姐さん?オレまだ一護の身体に入っててもいい…」
「フェルトの山にしてやらぁ!」
「いいぃやぁぁぁ!!そんなトコ引っ張っちゃらめぇぇええぇ……!!!」


あと2cmだったのに…。無念!
嗚呼、オアシス