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「うん。採用!」 「え、ええぇ!」 「大賛成だよね夏梨ちゃん!」 「うん…まぁ勉強になるかは判んないけど…ヒゲだし」 バイトさせてほしいと、その理由を簡潔に説明すると。一心さん(お父さんと呼んで欲しいと言われたけどちょっと抵抗があるので一心さんで)は、両腕を組んでうんうん頷きながら親指をピンと立てて合格の意を表した。遊子ちゃんは私の話を聞いている中、採用させてあげて!と涙ぐみながら一心さんにお願いしていたりして本当に優しいんだなぁって感じだ。黒崎家は暖かい。 「大方手伝いとかになるが…ああ勿論バイト代は出すよ!」 「いえ!雑用でも何でも、とても勉強になります!バイト代なんて受け取れないです!」 「井上それじゃあバイト紹介してやった意味ないじゃねぇか」 「そうだけど…」 なんか悪い!黒崎君のお宅が実は病院で、お父様が経営なさってて、私がここでバイトさせてもらって?って、出来すぎですよ!なんて恐れ多い! 「まぁまぁ…じゃあ来れる日はいつでも来ていいぞ。そうだ木曜は休診だから遊びに来るといい!」 「明日からでも!」 「そうか。なら明日は備品について説明する‥って言っても場所覚えるくれーか」 「じゃあ晩御飯は一緒に食べよう!」 それから他愛もない話をして、晩御飯までご馳走になっちゃって、気付けば時計の短い針は10を差していた。 「こんな時間までお邪魔しちゃってすみませんでした。おやすみなさい!」 泊まっていけという夏梨ちゃんのせっかくの提案を丁重に断って頭を下げる。 「井上、送ってくから」 「別に平気だよ?」 「いーから黙って送られろよ」 「…はい (今日の黒崎君は強引だ)」 「そのまま変な事してみろ、ただじゃおかな、」 「するか!!」 そんな会話をした後、アパートまでの道のりをゆっくり進んだ。このまま時間が止まってくれたら、ずっとお話してられるかな。そんな子供じみた考えに少し笑った。珍しく雄弁だなぁ今日の黒崎君はやっぱりおかしい。強引だ。熱でもあるのだろうか。そういえば石田君のお家もお医者さんなんだっけ。実は親同士が知り合いだったりして。そうだったらなんか素敵だなー。もしそうだったら仲はいいのだろうか。黒崎君と石田君はそうでもないみたいだけど。そういえば、あまり触れないようにしていたけれど、黒崎君のお母様はもういないんだっけ。それなのに暖かい家かぁ。いいなぁ。暖かい。あ、これ姫ちゃんから聞いたんだっけ。黒崎君から聞きたかった。今になってみたら他人からそういうのって聞きたくないな。いつか黒崎君は話してくれるでしょうか? 「遅くなる時は俺が送るから、よ」 「悪いからいいよ!」 「お前、こんな時間に一人で歩くなよ?女なんだから」 「(…!) うん…気をつける」 ”女なんだから” 慣れてる、のかな? いやそんな風には見えないけど…。いや別にだからどうしたって話だけど…うわ、なんか顔にやけてくる! 引き締めろ!(私はヤンデレ派!嘘、実はツンデレ派! というかどっちもよく知らない!) 女なんだから…むふ (あれ自分気持ち悪い!) 「あのよー、」 「?」 家の前まで送ってもらって、黒崎家から2人で歩いてきた道を、今度は黒崎君1人で戻っていくんだと思うと、なんだか寂しかった。彼はどんな事を思いながら家路を辿っていくのだろう。そんな事を思ったらなんだか一人で帰したくないと思った。変なの。目の前で言葉をうまくまとめられてないのか、何を言うかを考えている黒崎君を見ながら、どうか私の事を思い出してくれますようにと願っていた。それこそ変だ。どうして私がこんな事を考えるのだろう。彼に思い出して欲しいのは姫ちゃんの事なのに。私は、姫ちゃんを裏切ってる…? どうして私の事を思い出して欲しいだなんて誰にでもなく願ってしまったのだろう。ああ、最近の私は本当に可笑しい。何か悪い物でも食べたのだろうか。 「おなまえ」 「……何?」 「…どっか反応ねーの」 「どこ、ん?」 「名前、とか…」 「(おなまえ)…あ。」 「呼んでいいか? 名前で、その、井上とややこしいし」 「どうぞどうぞ黒崎君!」 「(黒崎君…まぁいっか。)…じゃあおやすみ」 「おやすみ。今日はありがとう!」 帰り道で思い出す君の笑顔が温かくて、寒空のした一人笑った。思い出し笑いとか…俺実はムッツリだったりして。断じて違う。オープンでもないが。健全だ! 嬉しいと感じる気持ちを叱ってやりたいのに、幸せだと思う私を誇りに思いたい。どうしてオーケーしてしまったのだろう。嗚呼、今の私は幸せそうに笑ってる。 暗かった世界に光が差し込んで、変わっていく。 また一つ変わる |