黒曜石 | ナノ
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って朝から何意気込んでんだか…。自分の中の微妙な変化に戸惑う。学校に着くと生徒の影は少なくて、ほとんどが部活動をしている人でグラウンドが賑っている。あ、早く来過ぎたかも。

「姫ちゃんも部活だったとか?」

手芸部で朝練?いやいや無いよね。

「あ、」

何気なく視線をずらすと、見えたのは空手着の男子達。確か有沢さんが空手部だったはず。もしかして、有沢さんの応援?だから先に行ったのかも。今年の空手部は凄いらしいし、有沢さんインターハイ出るって姫ちゃん言ってたし、きっとそうかも、うん。スッキリしたところで改めて止めていた足を進めて、上履きへと履き替えた。

「1番乗りだったりして…」
妙にドキドキと緊張と何処か嬉しさを連れて教室の扉に手を掛ける。あ、でも1番乗りって日直の人かな。教室の鍵開けるんだし…。ちょっと期待していただけに残念だ。ドアを開けると目に付いたのは、明るい色の長い髪が印象的な…朝日でいつもより明るくて、反射して眩しい長い髪は何故か黒崎君を連想させた。ああ、二人が並んだら綺麗だろうな。なんて頭の隅で思い浮かべながら、一人教室に佇む彼女に声を掛ける。いつも朝が一緒なだけにやけに長い時間話していなかったみたいな感じがあって。自分でも解るくらいに、ほんの少し緊張と違和感の入り混じった様な声になっていた。

どうして違和感を感じるの?ただ登校が別々だっただけなのに…緊張なんてちょっと変だ。これも自分の中の変化なのだろうか、戸惑う自分に不安にも似た感情が湧く。

「姫ちゃん…?…おはよう」
「…おはよう」

驚いた様子もなくゆっくりと振り返って静かに挨拶を交わす。何かそこで違和感の謎と緊張の理由が判った気がした。気がしただけなのでホント言うと良く判らない。彼女は何時も通り振舞っているつもりなのかもしれないけど、明らかにいつもの明るさが無い。元気が無い。そっか、だから私声を掛けるのを迷ったんだ。

「元気、ない…ね」

そう指摘すると、彼女は笑いながら「いつもと同じだよ」と返した。誰が見ても解るよ、姫ちゃんはそんな影のある笑い方をする人じゃない。

「嘘はもっと上手く吐かなき…何かあったんでしょ?」

控えめに笑って尋ねてみると、目を細めてふっと笑い顔を私から外した。

「ちょっと考え事してたら、不安になっただけだよ。気付いたら凹んでたの」

えへへ、と誤魔化す様に笑う姿は痛々しいような切なさを帯びていて胸が締め付けられた。双子だから感じ取ったものなのかもしれない。そんな事今はどうでもいいけど。やっぱり、自然な笑い方をする方が何倍も素敵だなって不謹慎にも客観的な意見に行着いた。とくに姫ちゃんは絶対自然体の方が輝けると痛感した。 

―――私は?
私も自然に笑えたら輝けるのだろうか…?

「駄目だよね、」
「え…っ?」

こんな時、貴女だったら自分より他人を憂う気持ちで一杯になっただろう。素敵な人間だよ。私はこんな時でも自分が可愛い奴。やな奴。だから私は彼女の様に輝けないのかもしれない。いや、私が姫ちゃんになれるわけでも、なりたかったわけでもないけど。

「双子って、こんな時辛いと思わない?誰よりも近いから、違う人間でも近いからさ、」

心の頭の細胞の体の何処か、奥のどっかがシンクロしてて、誰よりも気持ちを悟る時があるのかもしれない。たまに、そんな時がある。今回は姫ちゃんだからよかったけど、もし今の現状が反対で私が姫ちゃんの立場だったら私は私をもっと嫌いになってしまうだろう。だってどちらにしろ彼女は優しいから、私の為に心を痛ませるでしょう。なんて私の自惚れだろうか。でも出来るなら、感じ取れるのは私だけでありたい。自分の感情が姫ちゃんの感情と混ざってしまったら、彼女の輝きが失われてしまうかもしれない。私と同じ醜さを背負わせるなら、彼女へのシンクロは無くていいものだ。

「辛いときは、辛いんじゃないかな、私も」

やっぱり大切な、お姉ちゃんだし、姫ちゃんだし彼女には笑顔で居て欲しいと願うのも本音。羨ましいと思うのも事実。嫉妬してるのも本当。どうして姫ちゃんが全て持っていってしまうのだろうなんて心の何処かで恨んでいるのも全て事実。矛盾してるけど理屈じゃないし。家族だしやっぱ好きだし切り離せたものじゃないと思う。

「言いたくないなら、言わなくていいよ。私もそうだし。…でもどうしたら今より幸せになれるのかくらいは教えてくれてもいいんじゃないかな?」
「…………」
「私に言えないこと?」
「……おなまえちゃんは、ずるいね。おなまえちゃんはあたしより、教えてくれないのに」
「…ごめん」

冗談、ってさっきよりも綺麗な笑みを向けた。それから、もう大丈夫、ごめんね。って続けた。私は思わずどうしていいのか解らなくって、ただ、うん、って頷くことしか出来なかった。姫ちゃんの空気に飲み込まれそうだったから。内心あたふたとしている私を知ってか知らずか目を細めてまた笑った。

「あたしはおなまえちゃんの事が知りたいんだけどな」

そう言って口元に弧を描いた彼女はお姉さんの顔をしていて、変な感じがした…。とは言ったものの、教えるって何を教えればいいのだろう。…バイトの事、感づいてる?

「教えるって何を、」

心中焦りながら平然を装って聞いてみる。なんだか今日は朝から焦ってる気がする…。言葉が返ってくる前に、再び教室のドアが開く音がした。


助かったのか、間の悪いのか。
曖昧そして絶妙