走る | ナノ
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・・・・・ 8・・

月曜日、転校初日(編入試験受かってて良かった…!)

まだ立海の制服がないので、仕方なく氷帝の制服で行く事にした。購買で制服売ってるといいな。これから立海に通うのにまだ氷帝の制服を着てるのが変な感じで、だけど安心した。なんていうか、なんか、勇気を出せるというか。まあ3年くらいお世話になってる制服だから当たり前なのかもしれない。

「よし」

鏡の前で笑顔を作る。よし、肌荒れの心配はない。

「あのさ、いい加減そこどいてくれない?」

洗面所のドアの向こうから精市くんの不機嫌そうな声が聞こえた。ドアを開けないのは彼なりの気遣いというやつか。

「ご、ごめんなさい…!」

慌てて外に出る。精市くんが私を見た瞬間目を見開いた。

「…その制服」
「あ、まだ立海の制服なくて…」
「へ、え…なまえさんって氷帝生だったんだ」
「はい!」
「じゃあ跡部って奴知ってるでしょ」
「え、まあ。…友達です」

友達という単語に精市くんがまた目を見開いた。意外とでも言いたげなその顔に言葉を詰らせた。私の前での精市くんは不機嫌の時が多い気がする。その原因はもしかしなくても、私なんだろうな。みるみる内に不機嫌を通り越してにやついた表情になる精市くんに恐怖心を感じた。とっても、不思議だ。彼の空気や雰囲気というものは穏やかなのに、怖いと思ってしまうなんて。きっと、彼が私を嫌っているから恐怖を感じるんだ。私は、精市くんのことを何も知らない。だから、彼が本当はどんな人なのかもわからない。それ故に嫌われているという事実がどうしようもなく怖いのだ。

「跡部ってさあ、凄く偉そうだよねえ」
「そ、うですね…」

嫌味っぽく笑った精市くんに背筋がぞくりとした。嫌な、予感にも似たその感覚に思わず耳を塞ぎたくなる。確かに跡部は偉そうだが(でも本当に偉いのだ)、その表情の意味はなんだ?
嫌悪したようなその瞳に映す思いは私に対してなのか跡部に対してなのか。どちらにせよ悲しい事に変わりない。


「弱いくせに粋がっちゃってる感じしない?」

クッ、とわざとらしく喉で笑う精市くんに、いいようのない怒りがこみ上げる。これは、明らかなる侮辱だ。跡部に対しての侮辱だ。私を嫌いならそれでいい、だけどそれを理由に跡部を貶していいなんて権利…彼にはないはずだ。誰にも、そんな権利ない。跡部の事は、少なくとも精市くんよりも知っているつもり。彼は、強い。何においても強い。弱さがないわけじゃないけれど、補う力を持っているのは確かだ。粋がっているんじゃない。跡部の実力だ。彼は、とても素直に生きる人で、騙す事にも長けているけれど、何より自分に素直だ。だから、彼は自分の弱さを、偽ったりはしない。粋がる、なんて…そんなんじゃない。決して違う。精市くんが跡部をよく知っているのかそうでないのか、私は知らないけれど粋がるなんて表現をした精市くんよりも私は跡部を理解している。そんな表現をする人は本当の跡部を知らないんだ。
自分の友人を悪く言われた事が悔しくて悲しくて気付けば精市くんを思い切り睨んでいた。子供っぽいけれど、大切な友人を傷つける言葉を耳にしておいて受け流せるほど私は大人でもないようだ。

「それにさあ、氷帝なんて全国に行けなかったろ? あれだけ目立っておいて、笑っちゃうよね」
「…それ、は…氷帝への評価ですか? それとも、侮辱ですか?」

意味わかんない。私が精市くんに何をしたっていうんだ。確かに、お世話にはなっているけれど、そこまで悪く言われる筋合いもない。私が嫌いならそれでいい。それは私の責任だし、私自身の問題だ。
だから、決して跡部や氷帝が悪く言われていいはずない。そこは譲らない。

「中途半端だよ。パフォーマンスだけで目的が果たせないなら世話ないね」
「…っ! 私が嫌いなら、そう言えばいいじゃないか。わざわざ跡部や氷帝をだしにしなくてもいいでしょ」
「何で?君はこれから立海の生徒になるんだから、氷帝を悪く言われて怒ってちゃダメなんじゃない?」
「だとしても!自分の友人を貶すのは許せません!」
「別に貶しているわけじゃない。蟷螂の斧(とうろうのおの)って言葉、知ってる?」
「…自分の力量もわきまえずに立ち向かっていく事…」
「馬鹿、だよね。弱者が強者に対して歯向かうなんて」
「立海のテニス部が強いのは知ってる。でも、氷帝が弱いなんてことない」
「じゃあ、戻れば?」
「は?」
「出て行けばいいだろ。ここから」

精市くんの双眼が私を射抜く。私だって…好きでここにいるわけじゃない。仕方なくいるんだ。仕方ない、なんて言ったら失礼だけど。ここまで言われてそう思わない程私は素直でも寛容でもなかった。氷帝の皆とだって離れたくなかったんだ。

「戻り、たい…」
「だから出て行けばいいだろ」
「ど、してそんなことばっか言うの」
「君が気に喰わないからじゃない」
「私、なにか、した…?」
「いきなり来て家族面してるのに虫唾が走るだけだよ」

口元を歪めてそう言った精市くんの目を見る事が出来なかった。跡部や、みんなに申し訳ないと思った。自分のせいで皆が悪く言われた。悔しい。庇う事しか出来ない自分が、口だけだと思われる自分が情けなかった。

――― 精市くんと仲良くなる前に彼を嫌いになってしまいそうです。

ドアの前に立っていた私を突き飛ばすように退かしてドアを締めた精市くんにさっきよりも怒りににた悲しみが湧いた。何、家族面って。虫唾が走るって何? 意味わかんないよ…。少しでも仲良くなろうと思って頑張っただけじゃん。でしゃばった事を言ったつもりもしたつもりもない。その辺はちゃんとわきまえていた筈だ。私が何をした? 気に喰わないのなら、私はどうしたらいい。更に気まずい関係を築いてしまった。


(スカートを握り締めた)
不穏全開