走る | ナノ
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・・・・・ 72・・

いよいよ合宿最終日を迎え、最後の練習メニューを終えた皆の顔には疲労の色が浮かんでいた。やっと終わったー!そう叫んで大の字で地面に寝転んだジローの側に駆け寄る。達成感に満ち溢れた目をしてるジローにお疲れ様と声をかけてタオルとドリンクを手渡す。

「俺、チョー頑張ったと思わねえ?」
「思う思う、チョー頑張ってた」

いつも寝てるジローが、三年寝太郎、三年寝慈朗と言われているあのジローが、よく居眠もせず合宿をやりきったものだ。感動で泣きそう。まあメニューの3分の1は寝てたけど。普段より起きている時間が長くて私は逆に睡眠時間足りてるのか心配になるほどだった。
うんうん、と頷いている私にジローがニシシと悪戯が成功した子供のような笑顔を向ける。

「なまえにいいとこいっぱい見せとこーと思ってさ」

ボトルを目にあてがいながらそう言ったジローの声が、何故かチクりと心に刺さる。何でだろう。

「あー、何か全然眠くなんねえC」
「ここで寝ようとしてたの!?風邪ひくって!」

再び大の字になったジローの腕を掴んで身体を引き上げる。ジローはふわふわしてて、ちょっと引っ張ったら風船のように飛びそうな奴だと思っていたのに、いつの間にこんなに重くなってしまったんだろうか。力いっぱい引っ張ってるのにジローの上半身すら起き上がらせられないなんて。もしかして私の筋力が落ちたというのか。いや、この合宿で選手達と同じようにハードスケジュールをこなした私の筋力もきっと上がったはず。まさか、まさか、逆に私の方が軽く引っ張られて地面に倒れ込むなんて日が来るなんて。ジローに負けるなんて…!
ジローの腕のお陰で顔面から地面に突っ込むことはなんとか免れた。危ない危ない。

「痛いよ」

ジロー相手に力負けしたころが悔しくて、同じ目線になったジローを睨む。別にどこも痛くないけど。

「なまえ、幸村のこと好きなの」
「えっ」
「目ぇ丸くしてやんの」

吃驚して睨むために瞼に込めた力が抜けた。ジローの目が真っすぐに私に向けられている。チクり、また棘で引っかかれたような気がした。

「なまえ俺のことなんて見てなかっただろ」
「見てたよ!」
「そーだよ、なまえは皆のこと平等に見てたC」
「………?」
「なまえに嘘つきたくないからかっこわりーこと言うけどさあ」

珍しく真面目な顔でジローが私を見ている。

「俺と向日はなまえにとって特別だって思ってた。少なくとも今回の合宿のメンバーの中では」

私から視線を外したジローが拗ねた子供のように見えた。ジローの言葉で、ようやくさっきまで引っかかっていたものが何なのか気付いた。

「何で俺こんなことオメーに言ってんだろ。スゲーだっせえ」
「ジローも岳人も、私は、家族と同じくらい大事だよ」
「知ってる。俺も向日も同じだC」

私、精市くんのことばっか目で追ってた。ジローが私に頑張ってる所を見せようとしてたのに、私は精市くんの事ばかり考えてた。精市くんに頑張ってる所を、いいところを、見せようとしてた。誰が悪いとか、そういうことではないんだろうけど、私を真っすぐ大事にしてくれたジローに対して罪悪感を抱いてしまったんだ。大事にしてなかったわけじゃない、蔑ろにしたつもりもないのに、ジローの正直さに目を逸らしたくなってしまう。
自分の気持ちをどう言葉にしていいか解らないでいる私にジローが再び精市くんのことに触れてくる。好きか訊かれて好きと頷くだけのことがこんなに恥ずかしいなんて。いつか本人に気持ちを伝えようって時はどうなっちゃうんだろう。あれ、それって告白?告白するつもりでいたの私?え、無理無理!無理だ、言えない!何でジローはそんなに正直に気持ちをぶつけられるの、すごい、その素直さを分けて欲しい。あれ、でも私ジローや岳人相手なら好きって普通に言えそう。ジロー達に対しての気持ちなら素直に言えるんだよなあ。


「跡部があんだけ幸村のこと睨んでれば岳人でも解るC」
「岳人はジローほど鋭くないよ」
「妙になまえに絡んでるなって思ったらそーゆーことかよ」
「また跡部のせい…!」
「あー、なまえの一番が俺らじゃなくなるのさみC」
「ジロー達と精市くんを比べたことなんてないからね!」
「俺らの一番は当分なまえなのに幸村ずりー」


(僕たちの知らない世界)
独り占め