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・・・・・ 71・・ 合宿も残りあとわずか。後半戦もいよいよ終盤に差し掛かる。色々あったようで色々なかったような。一日がとても目まぐるしく過ぎ去っていく。ゆっくりと考え事をする暇も無く、一日がとても目まぐるしく過ぎ去っていく。 今日も今日とてバタバタと動き回っている内に練習メニューが終わった。マネージャーの仕事はまだまだ残っているが、今夜のご飯はすでに準備済みなので、あとは食堂で各自で取り分けてもらうだけにしてある。ストレッチを終え建物へ入って行く面々の中からお目当ての人物を探す。当の人物より、一緒にいるであろう小っちゃい赤髪を探した方が早いな。見つけやすい髪の色しててくれてありがとう、岳人。 声をかければ小っちゃい方が「どーしたよ」と返してきたが、生憎用があるのは君じゃあないんだよ。そう言うと彼は私と忍足を交互に見てから不服そうに顔をしかめた。 「何でなまえが侑士に用があんだよ」 「私だって忍足に用がある時くらいあるよ」 「いやねえだろ」 「あるから呼び止めたんでしょうが」 「だってお前侑士のこときら、」 「ちょお待ち岳人」 「何だよ」 「それ以上言うたらアカンわ。俺のハートが砕けそうや」 「…………」 「…………」 「二人して無言になるのやめや。ヒビ入ったで今」 「ねえ岳人、夜ごはんに今朝余った納豆準備してあるんだけどさ、数量限定なんだよね」 「普通にスルーすんのやめて」 岳人はマジかと目を輝かせてから、それじゃあ俺先行くわと走り出す。忍足が隣で「スルーすな」と念を押すように口にしたが、私も岳人もスルーしておくことにした。前ちゃんと見ないと転ぶよという私の有難い忠告を軽く流した岳人が、建物入り口前でよろけた所まで確認してから忍足へと向き直る。 「珍しいやん、俺に用があるなんて」 口角を上げながらこっちを見ているミスター伊達メガネに何故かイラっとしてしまった。ナンデダロウナー。 「ちょっと相談がありまして…」 「何や真面目な話みたいやな」 ニヤついた面を引っ込め…言葉が悪いな…ニヤけた表情を引っ込めた忍足がスッと目を細めた。って、全然訂正されてない。まあいいや。 食堂の片隅でまさか忍足を前に二人で食事をとる日が来るだなんて誰が予想しただろう。自分でもまさかこんな日が訪れるなんて思ってもみなかった。忍足と一緒にご飯を食べたことはあるけど誰かが必ず一緒にいたし、そもそも忍足と二人きりになるのを私はどこか避けていた。 空になった食器を前に、忍足はとてもとても幸せそうな顔で溜息を吐いた。ご飯が美味しかったとかそういうことではないらしいのは解る、なんとなく。何故かちょっぴりイラっとした。何故私は忍足に相談しようと思ったんだっけか。人選をミスしたかもしれない…けどこの話を相談できるのは忍足以外にはやはりいないのだ。かくかくしかじかと相談内容を打ち明ければ忍足が一つ大きく頷いて見せた。 「話は解ったわ」 「理解が速くて助かります」 顔を上げた忍足は、とろけそうなくらい恍惚とした表情を浮かべていて鳥肌が立った。何だこれ蕁麻疹かしら。私オシタリアレルギーだったかしら。 顔が緩みすぎだと指摘してやれば「まあまあ」と流された。まあまあって何だ。せっかくの色男が台無しになってるから教えてあげたのに。いや別に色男とかほんとは思ってないんだけど、一般論からしたら色男なのかなって…どうでもいいわ。 「つまり?なまえちゃんに好きな奴がおるって解ってから跡部がやたらとベタベタしてくるようになったっちゅーことやな」 「うんそれ私が今さっき言ったこと反芻しただけだよね、まんまオウム返ししただけだよね」 本当に理解してんのかな。ていうか何で忍足は今にも溶けだしそうな顔になってんの。どうしてそんな幸せそうな顔してんだろう意味が解らない。 「跡部…もしかして、私のこと好き…」 「…………」 私と忍足の声が「それはないな」と綺麗に重なった。忍足とハモるなんて…。それと同時に忍足の輝きに満ちた瞳から光が消えた。何でだよ意味わかんないんですけど。いきなり夢から覚めたみたいな表情してきたよ。 「だよねえ」 「残念ながら」 「別に残念じゃないんだけど」 跡部に精市君のことが好きってバレてからやたら跡部がちょっかいを出してくる気がする。普通に今まで仲良くやってきたし、跡部には厳しいことを言われる時もあるけど基本甘やかされている自信がある。もともと甘やかされているのに、ここ数日更に甘やかされている気がする。自分がダメになりそうなくらいだ。 うっかり跡部が私を恋愛感情で好きなんじゃないか、と疑い出してしまうくらいに構われている。即座にその考えは棄却されたけど、精市くんにまたあらぬ誤解をされたらどうしようとか、また浮気してるとかなんとかかんとか言われて軽蔑されたらどうしようかとか考えてしまう。かといって跡部を突き放すことが出来ない。どっちつかずな自分にもイライラするし、へらへらと八方美人になっている自分にもイライラしてしまう。そしてまた精市君がどう思うかを考えて凹む。なんという悪循環。 「跡部のそれは恋愛感情とはちゃうもんなあ」 「ちゃうもんなあ」 「可愛い妹かお気に入りの玩具やな」 「後半もっと違う言葉あったでしょ」 瞳に輝きを取り戻した忍足は、再び恍惚とした表情をしながら視線を宙へ投げた。だから何でこの人こんな幸せそうな顔してんだろう。 「なまえちゃんと同じやで、それ」 「ん?どれ?」 未だかつて忍足のこんなニコニコ顔を見たことがあっただろうか。ニコニコという単語が似合う男じゃないんだけどな。 「なまえちゃんが俺を嫌いな理由」 「だから嫌いじゃないってば」 「俺が岳人とダブルス組んだからやろ?」 「嫌いじゃ、ないよ、しつこいなぁ」 不自然に声が固くなる。別に忍足のことは嫌いではない、今は。昔も嫌いという程嫌いだったわけでもないけど、忍足を苦手だと敬遠していたのは事実だ。今は別に普通だけど。 「大事な幼馴染を俺に取られたんだが嫌やったんやろ」 「……否定はしません」 「自分可愛いなぁ」 「忍足に可愛い言われてもね」 「照れ隠しする所も可愛いね」 「照れ隠しではない」 ちびまる子ちゃんに出てくる中野さん佐々木のじいさんを混ぜたような表情になっている忍足はまたしても「まあまあ」と私の言葉を流した。何がまあまあなんだ。 「大事な玩具取られて拗ねてんねやろ」 「玩具の代わりにもっと可愛い単語ないの」 「大事なポップコーン取られてやきもちやいとるだけや」 「めんどくさかったからって適当すぎない」 ポップコーン取られて拗ねてる跡部が脳裏に浮かんで噴き出しそうになってしまった。ちくしょう忍足め…。どこからポップコーン出してきたのよ。こっちは真面目に悩んでるのにポップコーンのように思考が弾けそうになってしまったじゃないか。いっそ弾けた方がいいのか? 「俺が岳人と仲良うしだしたら めっちゃ岳人に独占欲出してたやろ?」 「恥ずかしながらあの頃の私はまだまだ未熟でして…」 「今も未成熟やん」 「言い方が気に食わない」 「まあつまり、今の跡部はあの頃のなまえちゃんと同じっちゅーこっちゃ」 「そうだったのか」 「跡部の気持ちも、どうしたらええんかも解るはずやで」 「うん……そうだね…」 「んで?」 「なんでしょ?」 「誰なん、なまえちゃんの好きな相手って」 「えー、そこは内緒で」 お願いしますとテーブルに額をつけて悲願すれば忍足は「まあええけど」とあっさり引いてくれてホッと胸を撫でおろす。「大体誰かわかるし」続けられた言葉に針が胸に刺さるような痛みを感じた。ま、まあ忍足は口も軽くないし?どっかの俺様泣きボクロと違って無理に追及してこようとしないし?せっかくすぐ引き下がってくれたわけだし、私から何か言うのはやめておこう、うん。墓穴を掘る前に黙ろう。 「誰か教えてくれれば応援したるんやけどなあ。なまえちゃんの為やったら一肌でも二肌でも脱いだるで」 わざとらしくチラッチラッと視線を寄越してくる忍足に何故かイラッイラッとした。 「だ、大体解ってるんでしょ!」 「いやあ俺の勘違いかもしれへんやん?」 「その手には乗らないからね」 「岳人やったりするんかなあ、それともジロー?うっかり岳人とくっつけようとしてまうかもしれんなあ」 「あ、私、忍足のこときらいかもしれない」 「ダイレクトに言われると傷つくわ」 「ところで忍足なんでそんな幸せそうな顔してるの、目じりなくなってるよ」 「ほら、俺恋愛小説好きやし。目の前にあるラブロマンスに弱いねん」 「……らぶろまんす……」 「恋愛指南者になったってもええけど?」 「少し検討させてください」 「いい返事をお待ちしております」 (ポップコーンと化する) 眼鏡男の |