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・・・・・ 69・・ 合宿も残り数日……ここまでも長かったけど、きっと終わりまでも長いんだろうと鞄から着替えを出しながら溜息を吐く。 鞄の中から部屋着を引っ張り出した拍子に一冊の本が一緒に出てきた。数秒、手に取った本を見つめる。いいことを思い付いた…というか、このために持ってきていたことを思い出した。やる事がありすぎてすっかり忘れていた。合宿の間に思い出せてよかった。 お風呂を済ませた後、跡部を会議室に呼び出す。俺様は明日も早いんだ寝せろとかのたまっていたが、一昨日奴が私を脅したのと同じように脅し返せば10分で行くと返事をもらった。オイ、お前私には3分で来いとか言ってたくせに自分はちゃっかりしてんな。とは思ったが黙っといた。やさしい。 ついでに言うと、私だって明日の朝も早いってことも心の中だけで留めておいた。 跡部からもらった返事からちょうど10分後、跡部が会議室に入って来た。何の用だと言わんばかりの顔の前にずい、と先ほどの本を突き出す。跡部の顔は本によって隠されてしまったが、きっと アーン?って眉間に皺寄せて不機嫌な顔でもしているんだろう。 突き付けられた本を手に取った跡部が言う。 「モーツァルトの楽譜集…?」 「うん」 「お前が何故こんな物持ってんだよ。明らかにクラシック聴きますってタイプじゃねーだろうが」 「失礼過ぎるのは置いといて、忘れたの?」 この本を私が初めて手にした時、確かそばに跡部もいたはずだ。そして今と変わらず失礼な発言をその時もくれた気がする。 「……ああ、鳳がお前にやったやつか」 「そうそう。跡部の言う通りクラシックとかあんまり聴かないし、ピアノも弾けないからさ」 「なるほどな」 私が言いたいことが伝わったのか跡部は適当なページを開くと、ピアノの譜面台に静かにそれを置いた。 会議室にピアノが何であるんだろうと思ってたけどここは跡部用の小さな練習ホールだったのか。立派なグランドピアノの隅にKeigoと筆記体で入っているのを見てなんとなく察した。跡部ん家が所有する建物ってよくわかんない部屋多い。金持ちの家って謎だ。いやここ家ではないんだけど、そもそもこの建物の存在だって謎だ。別荘か?運営施設でもないし。 跡部の長い指がゆっくりと鍵盤の上に添えられ、そのまま撫でるように滑り出した。綺麗な音が会議室に響き出す。曲名まで思い出すことが出来ない自分が不甲斐ない。どこかで聞いたことのある心地いいメロディに目を閉じる。クラシックなんてほとんど聞かないけど、なんか心休まる気がする。 鳳くん、私自分でピアノ弾くことは出来ないけれど、素敵なプレゼントをありがとう。ついでに跡部もありがとう。鳳くんがくれたモーツァルトの楽譜を生かしてくれて。あんたがくれたゲーテの詩集は未だ1ページも読めてないけどな。 そんなことを考えていたらピタリと音が止んだ。あれれ、もう終わり? 閉じていた目を開いたのと同時に、不機嫌そうな低い跡部の「オイ」という声が背中越しに聞こえた。パシリのように使ったのが気に障ったというのか、今更過ぎるだろ。 「もう終わり?もうちょっと聴きたか、」 「重い、弾きにくい、邪魔だ」 気付けば跡部の背に自分の背中と体重を預けていたらしい。どうりで背中がよく揺れるはずだわ。 私の背中に邪魔されて振り返ることもできず、身動き取れない跡部が鍵盤に指を置いたまま「誰の背中に背中預けてんだ、どけ」と言う。 正直…預け心地はあまりよくなかったです。すいません。 「つれないこと言うなよベイベー」 「誰がベイベーだ、キャラじゃねえこと言ってんな」 「ベイベーせめてあと10分は聴いていたいわ」 舌打ちが聞こえたのはきっと気のせいじゃないだろうけど、敢えてスルーしておこう。なんだかんだ言って跡部は甘い。私にもジローにも気に入ってる人にはたいてい甘い。大体のわがままは叶えてくれちゃうのを知ってる上で跡部に甘えるのは私のずるいところだ。結局今回も嫌な顔したり舌打ちしたりしても私の要求を断らずにいてくれている。 「解ったから、こっち座っとけ」 「へいへい」 跡部が本のページを捲りながら、自分の隣にスペースを作る。跡部が作ってくれた小さなスペースに腰を下ろし、再び聞こえてきた先ほどよりも柔らかく優しい音色に目を閉じた。 (そこで寝るな、起きろ) 後ろに目 |