走る | ナノ
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・・・・・ 6・・

昼食をテーブルに並べたところでタイミングよくインターフォンが鳴った。歩弓さんが「帰ってきたみたい」と悪戯を仕掛ける子供のような笑みを浮かべて玄関へと向かって行った。楽しみだな。昼食はオムライスで、僭越ながら私が作らせていただいた。家でもよくお母さんのお手伝いをしていたから家事なんかは結構得意だったりする。特に料理には自信があったりする。私にとっての話で、幸村家のお口に合うかどうかはわからないけど。

「ただいま」と男の子の声がする。悠くん、かな?わ、なんかドキドキする! なんて挨拶しようかな。

「おなかすいたぁー!」
「悠、ちゃんと手を洗わないとだめだよ」


……悠、くん?

「わかってるよ! もぉー!」

…………え…?、え?!

「そんな所に鞄置かない!」
「はぁーい…って、あれ?」
「ん?」
「あ! もしかして、」
「この子が今日から我が家の新しい住人のなまえちゃんよ」
「新しい住人、って…」

悠くん、だと思っていた子は、悠ちゃんでした。ダイニングに入ってきたのは明るめの髪を高い位置で括っている可愛らしい女の子だった。その後に続いて入ってきたのは女性だと錯覚しそうなくらい綺麗な顔をした男の人(お兄ちゃんと呼ばれていた)
え、え、え、悠くんだと思っていたのが実は女の子でしかもお兄さんがいるなんて、聞いてないよー!吃驚デス!確かに、部屋を可愛らしくしたのは歩弓さんと悠…ちゃんで。確かに、女の子の可愛らしさがある部屋になっていて。確かに、女の子…え、私?え、私何言ってんの?

「今日からお世話になるみょうじなまえです」

歩弓さんに挨拶した時と同じように挨拶して頭を下げる。目の前にいる2人がぽかーんとした顔で私を見ていた。

「あ、あー! うん、聞いてる聞いてる! 幸村悠です、よろしくね!」

パッと笑顔で返してくれた悠ちゃんに私も笑い返して、隣にいる男の人に頭を軽く下げる。

「…俺、聞いてないんだけど」
「お兄ちゃんその時いなかったからね」
「……ふーん」

「精市、仲良くしてね」
「……幸村精市です。よろしく」
「よ、よろしく」

顔は笑っているはずなのに(とても綺麗でした)、全然笑ってないと思ったのはなんでだろう。威圧があるというか…。嫌な意味でドキッとした。目が微かに細められ、その瞳に自分が映される。素直に笑い返せなかった。射抜くような見透かすような、視線。この目は、怪訝。何度か、私はこの目を見たことがある。それはこの人のものではなかったけれど。敵を見てる時の、静かに怒ってる時の跡部のそれと似ていた。少なくても好意的なものでないことだけは確か。

それから(彼とは気まずいまま、)昼食を4人でとって、部屋に戻った。(私の部屋って呼んじゃっていいのかな?)

「はぁ…」

まさか男の子がいたなんてなあ…女の子だけだと思ってたし。2人家族なんだとばかり思っていたから吃驚だ(父親を除いて)。悠ちゃんは、いいとして…精市くんと仲良くできるかなあ。なんか私気に触ることしちゃったかな? 明らかに良く思われてなかったような。まあ人のこといえないかもだけど。
ベッドに寝転んでいるうちにどうやら眠ってしまったようだ。起き上がると窓から見えた空が暗かった。何時だろう…? 時計をどこに置いたかな。何処かにおいた目覚まし時計を目で探していると、ドアがノックされる音がした。

「なまえさん」
「は、はい!」

この声は精市くん、だ。ドアの前に精市くんが立ってる。何かな。名前、呼んでくれた。なんだか不思議な気分。ただ、名前を呼ばれただけなのに。…不思議。

「ご飯、出来たからおりてきて」

言葉も声にも棘なんてないはずなのに、どこか冷めている口調だった。やっぱり私は歓迎されてないのかな。

「…はい」

小さく返事をして、ドアに向かう。精市くんは私が部屋を出てくる前に先に行ってしまったようだ。このままじゃ気まずいし、これから1年くらいお世話になるんだから、このままじゃダメだよね。仲良くなれるように頑張らなくちゃ。早速 目標が一つできた。


(私次第だから、頑張る)
たのしみ