走る | ナノ
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・・・・・ 68・・

さていっちょ今日も頑張りますか!なんて太陽に向かって伸びをして自分のやる気スイッチを押していると、中尾くんがすでにドリンク籠を水道へ運んでいた。しまった出遅れたと駆け寄って声をかける。昨日のことがあるだけに若干気まずい…が、そんなことを言っている場合ではない。それに私は3年生。先輩としてフォローをしなければ。私がしっかりしないと……なんて自分を奮い起こしてみたけどなんて声をかけよう。こんなことならちょっとシミュレーションでもしておけばよかったと後悔していたら、私に気付いた中尾くんの方が先に口を開いた。開口一番「すいませんでした」と90度に頭を下げる中尾くんに面食らってしまった。

「え、え、何が…?」
「昨日部長に言われて気付いたんです」

頭を上げようとしない中尾くんの肩を掴み無理矢理上を向かせると、少し照れたような中尾くんが、ふいと顔を横に逸らした。

「当たり前に着てる洗濯されたユニがあるのも、用意された食事も誰かが準備してくれてるんだって…みょうじさんは仕事してないでサボってるなんて部長に進言した自分が恥ずかしいです」

しゅんと項垂れる中尾くんに心の奥がきゅううんとなってしまった。何この叱られて凹んでる犬みたいな…!いや犬とか思ったら失礼か。なんか、なんか、守りたい、そのフェイス。

「いやいやいや、そんな謝られることじゃないし…むしろテニスのことロクに知らない自分がこの合宿に参加してることの方が恥ずかしいから!だから気にしないで!今まで通りやってこ?ね?」
「俺、手伝えることあったら何でもやりますんで、何でも言ってください!」
「ありがとう…中尾くんもしてほしいことあったら言ってね」






無事に中尾くんとも和解?して、頑張るぞって気持ちが膨らんでいる所に跡部がラケット片手に歩いていたから挨拶代わりにタックルしてやった。

「うおっ!ったく、あぶねぇな」
「おっはよーん、さっきも会ったけど」
「やけに上機嫌じゃねぇか」

跡部の隣に並んでふふふと笑うと気持ち悪いと距離を取られたので再度タックルしてやった。今度は跡部も来ると解っていたせいでよろけることはなかった。ちぇ。

「ありがとね」
「何がだよ」

お前はいつも主語が足りない、なんて小言はスルーだ。お得意のインサイト?ってやつで解ってくれ。

「中尾くんのこと」
「あぁ…互いに不満を抱えながら作業するのは不効率だからな」

それより、と跡部が話題を変える。

「お前、幸村のどこが好きなんだよ?」
「はっ!?」

突然の問いに鳩が豆鉄砲を食ったように狼狽してしまった。

「お前が一人のプレーヤーを贔屓するのに目を瞑ってやるんだからそれぐらい答えてもらわねぇとな」
「ず、ずるい…!昨日はご褒美に存分に見ていいよって言ってくれたのに」
「オイ、存分になんて言った覚えはねえ勝手に記憶を捏造すんな」
「は、話すと長くなるんだけどね…?」

チラチラと跡部を見やると、跡部の顔に若干の後悔の色が見え隠れしだす。

「最初はめっちゃ怖かったんだけど、氷帝のこともバカにするし何この人嫌い!って思ってたんだけど…気付いたら困ってる時助けてくれるし、でもすっごい意地悪だし、からかって人の反応見て楽しんでるし、仁王くんにキスされた時なんて手首噛まれたんだよ!」
「オイ」
「それにほっぺもよくつねってくるし、でもね…精市くんガーデニングが趣味なんだけど、花に向ける目はすごく優しくてね、」
「オイ!」
「その目が私に向けばいいなあって思ったらいつの間にか好きになってたっていうか…どこが好きって聞かれたらこま、っきゃ!」

突然首根っこを掴まれ後ろに引っ張られバランスを崩す。踵でバランスを保ちながら私の首をがっちりつかんだ跡部を見る。眉をぴくぴく動かしながら顔を顰めている跡部が私を見据えていた。あれ、なんか、私変なこと言ったっけ。跡部の後ろが黒く見えるような気がしないでもないけど、もしかして怒ってるのかしら。

仁王にキスされたって…?」
「え!?あ、ち、ちがうちがう!瞼だったんだけどね?瞼へのキスって憧憬の意味があるんだって!」
「……へぇ」
「だから仁王くんが私を好きとかそーゆーのはないから!」
「んで、幸村に?」
手首噛まれた」
「……幸村もよくやる」

はてなマークが頭上に舞う私を置いて、愉快そうに顔を崩した跡部が手のひらで顔を覆いながら肩を揺らし笑う。

「何なの…?」


ひとしきり笑った跡部が掻きまわすように頭を撫でてくる。跡部の行動に困惑しつつ頭の上に鎮座している手を押しのけ、手串で乱された髪を整えていると跡部が「そんなことより」と真顔で切り出した。さっきまでの愉しそうな顔はどうした。百面相ですか。

「好きなようにされてんじゃねぇよ、馬鹿」

私の頭上から離れたばかりの跡部の長い指が伸びてきて、額を思い切り弾かれる。この人結構本気でデコピンした……!
力いっぱい弾かれて赤くなってそうな額を抑えながら跡部を睨む。睨むだけで何も言葉が出てこない。少しだけ怒ったような、呆れたような跡部を頬を膨らませ睨むことしかできないのは、彼の言葉が至極当然だったからだ。
ごめんなさい、と別に跡部に謝罪することでもないのに何故か謝ってしまった。跡部からは返事の代わりに盛大な溜息を頂いた。

「気ィ抜きすぎてると幸村に愛想つかされるぞ」
「うるさいな、意地悪!」

やられっぱなしなのも癪なのでお返しに私もデコピンしてやろうとしたけど、リーチがありすぎてその手はいとも簡単にいなされてしまった。ていうか跡部だって充分ちょっかい出してきてたと思うんだがね!?流石にどこかにキスされたこととかはないけど……。

「こんなことならもっと手懐けておけばよかったな」
「跡部には充分懐いてると思うけど?」
「……そーかよ」



(手首に込められた欲望)
巣立つ君