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・・・・・ 67・・ 今日はもう休もうと自分の部屋に向かおうとしたらポッケの中で携帯が震えた。短い振動からして恐らくメールだろうと待ち受け画面を見ると跡部からのお呼び出しだった。見なければよかった。 あんなやりとりのあった後なのだ、あまり会いたくない。いや精市くんが加わったことで微妙な空気を残してしまったのだ、余計話がややこしくなっているかもしれない。 跡部からのメールを無視しようか悩んでいたら再び短く携帯が震えた。「今から3分以内に来なかったらお前の秘密をバラす」というド直球な脅迫メールを受信してしまった。こんなメール受信したくなんてなかった…! 急いで跡部が待つ食堂へ足を動かす。3分とかあいつ鬼畜ですか。 肩で息をする私を見て「よお早かったな」なんて余裕しゃくしゃくの顔して言う跡部に鉄槌を下してやりたい。「まあ座んな」と促され「言われなくても座りますけど」と跡部の向かいに腰かける。 「可愛くねえ奴だな、相変わらず」 「跡部に可愛いなんて思われなくていいもん」 「ますます可愛くねえ」 跡部にとって私が可愛いかどうかなんて別にどうでもいい。さっさと本題に入ろうと跡部に促す。 「さっきは悪かったな」 「なにが」 「中尾が。あいつにもよく言っといた」 「別に中尾くん悪くないでしょ。彼が言ってたことは事実なんだから」 口を尖らせながら言えば跡部からデコピンが飛んできた。目の前が軽くチカチカする。突然の攻撃に口をパクパクさせながら額を抑えた。何すんのこの泣きボクロ!声に出したいのに跡部の溜息によって遮られてしまう。 「本気で言ってんのかそれ」 「本気も何もないでしょうが。それより精市くんまで巻き込んで変な雰囲気残してってごめんね」 ああ、と答えた跡部が疲労の表情を覗かせる。なんかごめんね。 「幸村の言いたいことも解るけどな」 「マジ?跡部天才?」 「お前解ってねえのかよ」 跡部の表情が疲労の色を濃くした。なんかごめんなさい。中尾くんも精市くんの発言にはぽかんとしてたけど正直私もよく解んなかった。何当たり前なこと言ってんだろくらいにしか思ってなかったと言えば跡部が額を抱えだした。え、何これ私が悪いの。なんかごめん。3回も心の中で謝ったから許してほしい。 「中尾は、球拾いとか応援だけがマネージャーの仕事だと思ってんだよ」 「正しい」 「バカ。炊事洗濯もマネージャーの仕事だろうが」 「えっマネージャーの仕事ハードすぎない?」 「そのハードすぎる部分をテメーが全部引き受けてんだろうが」 跡部の目が不機嫌に細められる。いやそんな睨まれると怖いんですけど。 「幸村はその裏方部分をお前が全部やってるんだって中尾に言いたかったんだよ」 「そ、そうだったんだ…あんな遠回りな言い方じゃ解んないよね」 「解るだろうが。仮にも当事者だろ」 「いや、なんかテニスのルールも曖昧な私だから炊事洗濯くらいは、って…やって当たり前くらいに思ってた」 少しでも選手の負担が減るように、中尾くんの仕事の邪魔にならないようにって自分なりに頑張ってるつもりだった。 「働かせすぎて悪いと思ってる、幸村にも言われただろうがお前はよくやってる。自分が仕事出来てないとか2度と言うなよ」 「………ん、」 跡部の言葉に素直に頷くことができなかった。少しの沈黙のあと小さく頷けばどこか引っかかったのか跡部が肩眉をピクリと動かした。げ、追及モードに入った跡部はとても面倒くさいのをこの数年間の付き合いで私は嫌というほど経験している。 「何か言いたげだな」 「……私、さ…マネージャーの仕事向いてないよ」 「アーン?」 「やっぱり中尾くんの言う事は正しいと思う、ちゃんと仕事出来てない」 「お前どんだけ強情なんだよ」 「強情とかじゃなくて!本当に…」 最後の方は声が尻すぼみになってしまった。言うか言うまいか、言葉を濁らせる私を跡部の瞳が真っすぐ射貫く。私が誤魔化したとしても言わなかったとしてもきっと跡部は私が口を割るまで逃がしてはくれない。 「なまえ、お前が俺様に隠し事できると思ってんのか?」 スッと細められる跡部の、思考の裏側まで見透かしてるようなその目に私は弱い。自分の弱いところを突かれているような気がしてくる。跡部に隠していること全部曝け出してしまうまできっとこの束縛からは逃れることは出来そうにない。まるで蛇に巻き付かれた蛙だ……いや蛙とか絶対ヤダ。兎にしておこう。いや兎が可哀そう。 「みんな平等にって思ってるのに、気付いたら目で追ってるの」 何でこんなことを跡部に打ち明けねばならないのだろうか。熱を持ち始める頬を冷やすように両手で覆う。頬杖を付く跡部をなんとなく見れなくて視線をひざ元に落とす。跡部に届いたかどうか解らないけど、自分の気持ちを確かめるように息を吐く様に小さな声で言葉にしてみる。「精市くんが好きみたい」。途端に頬に集まった熱が更に上がる。言葉にしたら自分の中にズンと落ちてきた。そうか、私精市くんに恋してるのか。次の言葉を発する前に跡部が舌を打つ。 「何だよ」 「…え、」 「………面白くねぇ」 「面白くしようなんて思ってないから!」 「けど、いいんじゃねーの。それくらい」 「へ?」 「自分へのご褒美ってことで。目で追い過ぎて怪我だけはすんなよ」 明日からも頼む、手短に言って跡部は机に手をついて立ち上がった。え、うん。なんて空気が抜けたような返事しかできない私を跡部が静かに見下ろす。不服の色を隠そうともせず跡部の眉間には縦皺が何本か現れていた。何でこの人突然不機嫌になってんの。 どうしたの、と声をかける前に目の前で立っていた跡部が腰を折りぐっと距離を縮めてきた。空いた手に顎を掬い取られ、至近距離で跡部と見つめ合う形になりそのままコツンと額同士が軽く密着する。跡部の表情は未だに不機嫌ですと言っていた。 「……熱でもはかってたりする?」 「んなわけねえだろ、バーカ」 喋るたびに互いの吐息が触れ合ってくすぐったい。私を見据えたままの跡部の行動の意味が解らず、見つめ返すことしかできずにいると、急に伸びてきた跡部の指に頬を摘ままれる。結構本気で摘まんでいるのか割とちょっと本気で痛かった。痛いと抗議の声を上げるとその手はすぐに引っ込められ、ついでに跡部の額も離れて行った。離れ際に溜息を吐かれたのは気のせいだろうか。 「痣になりそう…」 「アーン、癖になりそう?ドМかよ」 「あ、ざ!」 何故頬を摘ままれた挙句に溜息を吐かれなければならないのか。ちょっとムカっときたので摘ままれた頬を指でさすりながら跡部を睨み上げてやった。たぶん1もHPを削れはしないだろうけど。睨むのは跡部の方が得意だもんね!十八番だもんね!私の愛らしい目じゃ睨んでも痛くもかゆくもないですよね!…そんな私の考えを読んだかのように跡部が今度ははっきりと解るくらいに溜息を吐いた。 「…付き飛ばせよ」 「え、なんで?」 私の問いには答えずに、跡部は椅子に置いていたジャージを肩にかけいよいよ部屋に戻る準備をしだす。ちょっと無視しないでよ、とは思ったけどそこまで追求する気にならなかったのでそのまま跡部の背を見送ることにした。変なヤツ、ってことで終わりにしておこう…。 「つまんねーヤツ」 ボソッと呟かれた言葉を笑顔で聞き流してやったのは、お疲れの跡部様への私なりの気遣いだ。本当は泣きボクロの隣に点をもう一つ増やして、その下に口描いてご自慢の泣きボクロをスマイリーにしてやりたいところだ。ホクロ自慢されたことないけど。 (少しでも慌てて見せて) カタクリ |