走る | ナノ
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・・・・・ 64・・

「はー、やっと飯にありつけるぜぃ!」

目の前の食事に目を輝かせた丸井が満面の笑みを見せる丸井に同調するように赤也が「もう腹ペコッスよ!」と声を上げる。

「丸井先輩そのご飯盛りすぎじゃないですか?」
「そーゆー赤也こそおかず取り過ぎだろぃ」
「あっ仁王先輩肉ばっか!」
「仁王ずりー!」
「別にずるくないじゃろ」

それぞれの盛り付けに文句を垂れる3人に思わずため息が出そうになった。俺の心情を代弁するように隣にいる蓮二が口を開く。

「お前達、野菜もちゃんと摂れバランスが悪すぎるぞ」

蓮二の言葉を軽く流した3人はそのままご飯を食べ始めようとする。蓮二は肩をすくめただけでそれ以上の言及は諦めたようだった。いやもっと攻めろよ。
いただきますと両手を揃えて食べ始めた丸井に礼儀正しいなんて感心したその隣で仁王はすでに食べ始めてるし赤也に至っては勢いよく掻き込みすぎて白米を喉に詰まらせ、その背中を蓮二が摩ってやっていた。今度こそため息が零れる。俺食事は静かにとりたい派なんだけど。

「あっ丸井先輩!俺のおかず取んないでくださいよ!」
「ご飯が余ったんだよ、ケチケチすんな!」
「俺のご飯が余ったらどうするんスか!」
「そん時はおかずもらえばいいだろ、ジャッカルから」
「俺かよ!」
「ふふ、みんな味わって食べてね」

顔を引きつらせながら返事をする丸井と赤也に微笑み返すと、鬼でも見るような目で返された。喧嘩売ってるのかな?ていうかジャッカルいたんだ。

「…俺もう少し静かに食いたいんじゃが…この席失敗やったか」

心の中で仁王に同意しつつ、少し離れたところで席を囲む日吉と樺地と大石、手塚を見る。何あの意外すぎる組み合わせ。でもここよりは確実に静かそうで羨ましい…俺も混ざりに行こうかな。
そういえばさっきから動いてばかりいる彼女はご飯を食べたんだろうか。誰と一緒に……って、誰かと食べるなら氷帝の奴らと食べるか。普段夕食を一緒にしているなまえさんが目の前にいないのはなんだか新鮮というか違和感を覚える。あれ、もしかして俺寂しいとか思ってる?


「おっ!これみょうじの味!」
「ああ、よう弁当に入っとるやつか」
「何でこれがみょうじ先輩の味って解るんですか」
「ンなのアイツの弁当つまみ食いするからに決まってんじゃん」
「丸井先輩意地汚い…」
「あいつの出汁巻き卵うめーんだよなあ」

視線を宙に彷徨わせながら彼女の手料理に思いを馳せてる丸井の表情は至極幸せそうで、胸の奥がざわついた。彼女のいい部分が他の人たちに理解されるのが嬉しい半面、―――

「面白くなさそうだな」
「…そう見えるかい?」
「箸が止まっているぞ」

期待を孕んだ目を向けてくる参謀をどうやり過ごすか。自分の中に芽生えた小さな独占欲を俺より先に気付かれたことも面白くない。なまえさんに隙を見せるなと言っておきながら俺が隙を見せるとは思ってなかった。

「別に、何でもないよ」

これ以上何も聞き出せないと判断した蓮二はそれ以上食い下がることもなく、あっさりと身を引いた。こちらとしては有難いけど、こうもあっさりだと逆に気になってしまう。ああ、それがこいつの狙いなのか。













夕飯を摂り風呂も済ませやっと自分の時間かと思ったが、最後に明日の打ち合わせがあったことを思い出し出てくる欠伸を噛み殺しながら会議室へ向かう。これ以上ミーティングする意味あるのか。どんだけミーティング好きなんだ。
ぞろぞろと会議室に入っていく人並みに乗りながら入り口から近い空いている席へ座る。

「………」
「…わ、!」

早く終われと始まる前から念じてたら黒い何かが動いたのを目の端に捉えた。なんだと思って隣を見るとうつらうつらと舟を漕いでいるなまえさんがいた。舟を漕ぐたびに髪が揺れる。視界の端に捉えたのはこれか。かなりぼうっとしていたようだ、まさか隣に誰か座ってるなんて全然気にもとめていなかったから驚いた。

眠そうだねと声をかけると「えー?」なんて気の抜けた声が返って来た。もしかしてこの人目開けたまま半分くらい寝てるのかな?
目を開けながら寝るなんて器用な奴…指先で頬を突くと大きく頭が揺れた。やじろべえのように戻ってきた頭をもう一度つつくと、今度は力が抜けたようにそのまま静かに机の上へ倒れ込んだ。そのまま半開きになっていた瞼をゆっくりと数回しばたたかせた後ぱちりと目が開いた。

「おはよう」
「え…精市くん、…?」

本当に半分寝てたのかなまえさんは俺の姿を確認した途端、何で何でと繰り返した。何でって別に理由なんてないんだけど。たまたま座ったらたまたま隣にいたってだけで。

「もうミーティング始まるよ」
「うそ、やだ、寝てた…」
「よだれ」
「……っ…!」

ちょんちょんと自分の口元を指すとなまえさんは途端に顔を赤くさせながら手の甲で口元を拭った。

「嘘だよ」

喉の奥で押し殺すように笑えば彼女はやかんのようにぴーぴー鳴き出す。

「あ、始まるみたい」
「って精市くん部長でしょ、真ん中にいなくていいの?」
「跡部が仕切るからいいんじゃない?」

跡部が蓮二と乾のデータをもとに明日の練習内容を説明していく。部員ごとにまとめた練習資料まで用意してるけどそんなのいつ作ったんだろ。欠伸を漏らしながらなまえさんの方を盗み見ると必死に欠伸を噛み殺しているのか目じりに溜まる涙をしきりに拭っていた。まだ早い時間だとはいえ、ほとんど一日中動き回ってたせいですでに体力は限界が近いのかもしれない。ごしごしと目元を拭っては頭を揺らす彼女をぼんやり眺めていたら、なまえさんは机の上に腕を投げ出しそれを枕代わりに頭を預けそのまま目を閉じた。

すうすうと寝息を立て始めたなまえさんの頬に指を突き刺してみるが、眉根を寄せただけで起きそうにない。
無防備な彼女の幼さが残る寝顔にどこか苛立ちを覚えると同時に、庇護欲を掻き立てられる。頬にかかっている髪をそっと耳にかけてやった。こうして見ると睫毛長いな。伏せられた瞼が、頬に長い睫毛の影を落としていた。そこに手をゆっくり伸ばして、触れそうになったところで止める。いくら彼女が無防備に寝顔を晒してるとはいえ、睫毛を引っこ抜くのはさすがにかわいそうだ。悪戯したい気持ちを抑え、肩にかけた上着を寝息を立てる彼女の背中にかけてやった。

「……暇」

睫毛に息を吹きかけて飛ばすと願い事が叶うとか悠が言ってたけど……。余計な好奇心が疼く。引っ込めた手を再び彼女に伸ばそうとして、自分の中の良心と理性が働いた。




「なまえさんがいい夢見れますように、ってお願いするなら睫毛抜いてもいいかな」
「やめておけ」

いつのまにか目の前の席についていた蓮二に問いかけた言葉は即座に却下された。なまえさんは気持ちよさそうにすうすうと寝息をたてている。

「いい夢見れますようにってお願いしてもかい?」
「……俺の睫毛でよければ」
「別にいらない」



(寝てるのバレてるけど)
睨む跡部