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・・・・・ 63・・ 皆がご飯に手を付けるのを確認して洗濯場へ移動する。皆の口に合うかどうか不安だけどその辺は我慢してもらうことにしよう。一番の心配は跡部だ。一応奴には「…いい?これは跡部が普段食べてるシェフが作る洒落たご飯じゃないんだからね」って伝えておいたけど心配だ。ちゃんと食べてくれるだろうか。 それより、高級でしゃれた料理しか口にしたことないような奴なのに、普通の家で出るようなありふれた家庭料理を胃が受け付けずにお腹でも下されたらどうしよう。もしお腹壊したりしたらその時は正露丸でも渡せばいいか。いや、待てよ…跡部の身体って市販薬でどうにかなるの?受け付けんのかな、拒否反応出たらどうしよう………俺様の身体を何だと思ってんだって跡部の呆れたような声が脳内で再生されて頭を抱えたくなった。跡部の反応も気になる。が、奴に構ってる暇なんてないのだ。どうか皆様に受け入れられる味でありますように。とりあえず祈っておく。 タオルをまとめて洗濯機に突っ込んで、その隣の洗濯機に学校ごとに分けたジャージを突っ込んでスイッチを押す。あー、なんか甘いもの食べたい。洗濯機の動く音を聞きながら昼のうちに洗濯して乾燥機にかけておいたタオルを取り出し畳んでいく。 「疲れたなぁ」 微かに揺れる洗濯機に背を預け呟く。自然に出てきた言葉に頭を振った。疲れたって口に出したら余計疲れがのしかかってくるようだ。 畳み終えたタオルを籠に戻して今度はキッチンに戻り、山のように積み上げられた皿と空になったボトルの山との戦いが始まった。 「よお」 「何だ跡部か」 「誰だと思ったんだよ、アーン?」 跡部が台所とか似合わなすぎる、そんなことを密かに考えながら食器についた泡を流す。いや、台所だけじゃないな、洗濯場もこのお坊ちゃんには似合わないな。本人に言ったら機嫌悪くしそうだから胸の内に留めておくことにする。 「初日はどうだった?」 「んー、皆ほど動いてないんだけど…やっぱ慣れてないことばっかでちょっと疲れたかも」 「そうか」 疲れたって跡部に言っちゃった…。自分の失言に一人反省会を開いてたら「あんま無理すんじゃねーぞ」って言葉が降ってきた。今日色んな人に言われたよ、それ。跡部からも何度か言われたよ皆心配性か? 「あ、そうだご飯どうだった?」 「ああ、美味かった」 「お腹下したりしてない?痛くなってない?」 「心配しすぎだろ」 ぎょ、っとした。跡部の素直な言葉に驚いたのもあったけど、それよりも跡部が隣でボトルを洗い出したから。跡部が、あのおぼっちゃまが!スポンジ片手にボトルを洗ってらっしゃるよ!洗い物してらっしゃるよ! 「ちょ、いいよ、そんなことしなくて!もうほとんど終わりだし!」 やめさせようとするけど跡部にいーからと逆に制止されてしまう。よくないから!私の仕事だから!抗議するとうるさいと睨まれ、食い下がる私にめんどくさそうに舌打ちする。 「跡部の睨みなんてもう見慣れてるんだから、怖くないんだからね!」 「ごちゃごちゃ言ってねーでお前も手を動かせ」 「でもっ、」 「いーんだよ」 「何でよ」 「お前と話すのに突っ立てるだけじゃただの邪魔者だろ?」 「は…?」 「隣に立つ理由くらい作らせろ」 跡部が慣れない手つきでボトルを洗いながらぶっきらぼうに可愛いことを言う。なんか悪いものでも食べたかなって心配になったけど食材は全部新鮮だったし作ったのは私だ。悪いものなんて与えていない。………なんだ、跡部も私と会えて嬉しいのか、そうかそうか照れるわ。 跡部を止めることを諦めて仕方なく作業を再開する。まさか跡部と並んで洗い物する日がこようとは。異様な光景に可笑しくなって小さく笑みをこぼすと、跡部が安心したようにこっちを見ているのに気づいて恥ずかしくなって顔を思い切り逸らしてしまった。 「嬉しかったよ」 「ん、何が?」 「家庭料理なんて食う機会ないからな」 「私だってフレンチのフルコースなんて食べる機会そうそうないよ」 「フン、機会なんていくらでも作ってやるよ」 「ははっ、期待してるからね」 ありがとな、最後の1本を洗い終わった跡部が手を拭きながら言う。跡部のお陰でだいぶはかどった。まさか跡部が水仕事するなんて。後で岳人に言ってやろ。あの跡部が?ありえねー!なんて騒ぐ姿が容易に想像できる。 「1時間後にミーティングだからな」 「はーい」 忘れんなよ。軽く後頭部を叩いた跡部がそのまま台所から出ていくのを見送ってから、洗濯物の続きを片づける為に台所を後にした。一日何回ここを行ったり来たりするんだろうか。 仕事を終えた洗濯機から濡れた衣類を引っ張り出し、今度は乾燥機に放り込む。まとめてポイしてスイッチ一つ押すだけでいいなんて本当、乾燥機って便利だなあ。文明の利器に感謝。 乾燥機をかけている間にお風呂を済ませることにして一旦部屋に着替えを取りに戻り、軽い足取りで浴場へ向かう。 ここは銭湯かホテルか、女湯と男湯に分かれたのれんを前に問いたくなる。何回来ても同じことを思ってしまう。この施設って一体何なんだろう。 「お、みょうじも今から風呂?」 「そうだよ、皆も?」 「あぁ、シャワー浴びたんだけど赤也の奴がさ」 「ライオン風呂見たいってうるさいから連れて来たナリ」 「先輩たちが無理矢理付いて来たんでしょ!」 「何だっていいだろ別に」 「風呂で泳がないか見張らんとな」 「いくら何でもそんな小学生みてーなことしないッスよ!」 「どーだか」 「あ、そうだ確か丸井くん ジローと同じ部屋だったよね」 丸井くんと一緒だって喜んでたのに一緒じゃないのか。 「気持ちよさそうに寝てたから置いてきた。初日から結構内容ハードだったし疲れたんじゃね?」 「あぁ、目に浮かぶよ」 って言ってもジローは疲れてなくても寝てばかりいるけどね。折角憧れの丸井くんと一緒だってのに勿体ないことしてるな。丸井くんの無駄遣いだわ…違うか。 もう少し喋っていたいけど時間があまりないことを思い出して早々に会話を切り上げ、今度こそ女湯の暖簾をくぐる。すぐ後ろから聞こえてきた仁王くんの声に足元が滑りそうになった。 「赤也、お前覗くなよ?」 「はっ!?覗くわけないじゃないスか!先輩たちじゃないんだから!」 「へぇ…言うじゃん赤也のくせに」 「生意気やのう、赤也のくせに」 「俺のくせにってなんすか!」 「俺の背中流す刑だな」 「俺の背中も流す刑ぜよ」 「はあ?!」 男子たちは楽しそうでいいなぁ。 脱衣所を抜け浴場へ足を進める。何度来ても広い、広すぎる。ここに来るたびにこの大浴場を独り占めしてるわけだけど、私一人の為に勿体ないよなあ。ところで使用人がいない間、この広い浴場は誰が掃除するのだろうか…。これも私たちの仕事になるのか…そう思うと一気に興奮が冷めた。この後あるミーティングで相談してみよう。さすがにここの掃除まで任されたら体が持ちそうにない。プール掃除とか好きな岳人あたりに押し付けてやりたい。あ、でも桶か石鹸でアイスホッケーごっこやりそうだからやっぱ岳人には任せられないわ。 身体を洗っていると、男子たちも浴場に入ってきたのか歓喜の声が聞こえてきた。主に興奮する切原くんの声だけど。念願のライオン風呂との対面が余程嬉しいのかその声はとても楽しそうだ。 「すっげー!マジでライオンの頭がある!」 「おいおい走んなよ、転ぶぞー」 「風呂広いっすね!プールみてえ!」 「こらこら待ちんしゃい、先に身体流してからじゃ」 「わ、解ってますよ!」 「どーだかの」 「俺の背中流すの忘れんなよい」 「げっ」 3人の会話に思わず頬が緩む。仲良しだな。浴槽の縁に頭を預けて息を吐き、全身の力を抜く。まるで体に溜まった疲れを吐き出してるみたい。目を閉じるとより楽しそうな声が一層耳に届く。それをBGMにだんだんと瞼から力が抜け、意識が遠くなる感覚とひたすら戦う。いつもとは違う環境に加えて慣れない仕事に、自分で思っていたよりも疲れたのかこれは早めに上がらないと危ないかもしれない。もしかしたら溺れちゃうかも 折角のお風呂をすぐにあがるなんて勿体ないと思いつつ、縁にもたれさせていた背を起こす。 「あ、幸村君」 「やあ、丸井達も入ってたんだ」 うとうとしていた意識が、耳に飛び込んできた声に一気に覚醒する。さっきまで力が入らないとか言ってたのが嘘のようにぱっちりと目が開いた。男湯と女湯を隔てている壁に目を向ける。この壁のすぐ向こう側に精市くんがいる……そう思うと、さらに全身が温まった。めちゃめちゃ血行よくなりました…! 「俺はもうあがるぜよ」 「えっ、もう?」 「のぼせる前に撤退じゃ…外のマッサージチェアも気になるしな」 「じいちゃんかよ」 「頭までおじいちゃんなのにね」 「ぷふっ!」 「ほう、そしたら俺たち夫婦じゃな」 「は?誰と夫婦って?」 「ちょ、仁王先輩頭グリグリすんのナシ!止めてくださいよ!」 「おーい、ばあさんや、お前さんものぼせる前に上がれよ」 「こうして見ると仁王語ってじじくさいな」 「だっ誰がばあさんですか!」 「あ、なまえさんも入ってたんだね」 しまったと思わず口を覆うと動きが大きかったせいでバシャバシャと水が音を立てる。 ていうかばーさんってやっぱり私のことか!ナチュラルに会話に私を混ぜた仁王くんは無責任にも「んじゃ俺はお先に」と浴室を後にしてしまったようだ。じーさんや、もっとばーさんを労っておくれ…って誰がばーさんですか、誰が! ああ、私ものろのろしてないでさっさとあがるべきだった。精市くんが話す声がお風呂場に響き、すぐそばに彼の存在を意識せずにはいられない。何も身に着けていない自分の身体を見下ろしながら両腕で体を抱く。裸を見られているわけじゃないのに、さっきまで平気だったのに。今はすごく恥ずかしい。何故か裸を見られてるような気がするなんて、そんな風に思ってしまう自分が嫌だ。何を考えてるんだろう、私。 「もうあがるけど!」 「そうなんだ、その前に覗きに行こうかな」 「幸村君はサラッと言うから怖い」 (のぼせる前に退散しよ) 危険信号 |