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・・・・・ 58・・ バスに揺られて数時間がたち、都会から離れ緑が広がっている景色の中を暫く進んだ後、車はゆっくりと停止した。部員達がぞろぞろとバスから降りていく。人気が無くなってから席を立ち、後ろで寝ているもじゃ毛頭と真っ白頭の長髪コンビの肩を揺する。肩を揺らしても二人の目は閉じられたままで、さも鬱陶しそうに眉根を寄せるだけだった。置いてくぞコノヤロウ…なんて心の中で悪態を吐くがそういうわけにもいかず、仕方なく肩に置いた手を引っ込める。 1列違いに仲良く眠る二人を起こすのは忍びないが、仕方ないものは仕方ない。意を決して引っ込めた手を、まずは切原くんへと伸ばす。 ぎゅむ。思い切り鼻をつまんでやる。先ほどと同じように眉根を寄せた後、ぱちっと目を見開き、自分の鼻を思い切り掴んでいる手を振り払った。 「えっ、は、何だ!?」 何が起こったのか解らず混乱している切原くんから身を引き、今度は後ろの列ですやすやと眠る仁王くんの方へ手を伸ばす。そして同じように鼻を摘まんでやるつもりが、寸のところで阻止されてしまった。掴まれた手首を反射的に引っ込める。眠たげに欠伸を漏らした仁王くんが涙を浮かべながら私に目線を寄越した。 「乱暴な起こし方するのぉ」 それは起きないのが悪いんでしょ、そのまま言ってやりたいところだけど、寝起きの仁王くんを真面目に相手するのは非常に面倒くさいことになると学習済みなので適当に流しておく。 「こんだけ無防備に寝顔見せてるんじゃ、目覚めはお姫様のキスって決まっとるじゃろ」 決まってねーから!!おとぎ話か!!なんて宮城さんの声が聞こえた気がした。とんでもないことを言ってる仁王くんに宮城さんのキレッキレの突っ込みを入れてもらいたい。仁王くんってこんなにロマンチストだったの?寝起きは夢見がちボーイになっちゃうの? 「さ、着いたよ!切原くん起きた?一緒に皆のところ行こ?」 「ふぁぁーい」 背中を伸ばしながら大きく欠伸している切原くんの手を引き席から移動させる。後ろから仁王くんが何か言ってるが、寝起きの彼はスルーに限る。無視しないでとかなんとか聞こえたけどきっと空耳だね。 「俺も引っ張ってって…」 「おっ赤也やっと起きたのかよ」 「最悪の寝覚めッスよ」 恨みがましい目をこっちに向けてくる切原くんから視線を明後日の方へ投げつつ丸井くんの背に隠れる。根に持たれたかな。 丸井くんの背中越しに辺りの様子を窺うと、少し離れた場所に精市くんと真田くんが立海の制服とは別の人たちと話している姿が見えた。 立海と氷帝以外にも来るんだなあ。私ただでさえ人見知りなのに、大丈夫かな…。出発前よりも大きな不安を抱えつつ、精市君たちの方へ集まっている部員に続いた。 「さーすが跡部、とでもいうべきかねぇ」 両手を頭の後ろで組みながらガムを膨らませた丸井くんが建物を見ながらつぶやく。その先にはいつかテレビで見たような白亜の宮殿のような建物が視線の先に構えていた。 「ライオンの口からお湯が出てる風呂とかあるんスかね!?」 「ローマ風呂?」 「あぁ、あれね」 両手の拳を力強く握りながら目を輝かせる切原くんに思わず笑みが漏れる。 「確かあったと思うよ」 「マジッスか!」 ぱぁぁ、なんて効果音が付きそうなくらい光が弾けたように笑顔を見せる切原くんはまるでお散歩を楽しみする犬のよう……なんて、ちょっとどころじゃなくかなり失礼だよね。 頭を撫でたくて伸ばした手は、びくりと肩を跳ねさせながら後ずさった切原くんによって宙を切った。怯えるように丸井くんの背後に引っ込んだ切原くんは両手で鼻を隠すように震えている。ありゃりゃ、丸井くんの背丈が足りなくてあんまり隠れられてないよ。 避けられちゃった。残念…って そうじゃなくて、さっきの若干トラウマになっちゃったのかな。どうしたものか、振られんぼを喰らった手を閉じたり開いたりを繰り返しながら考える。 「どしたのお前」 「あ、いや、」 「もしかしてみょうじにビビってる?」 「べ、別にビビッてないっすよ!」 ふーん。そう言いながら目を細めた丸井くんに嫌な予感がした。膨らませたガムを口の中に戻しながら丸井くんが私の首根っこを掴み、そのまま後ろへと回っていた切原くんの前に突き出した。 「うわぁぁあぁ!」なんて悲鳴を上げながら鼻を隠したまま切原くんが後退った。お化けでも見るような怯えた顔に胸が痛む。いや、私が悪いっちゃ悪いんだけど…そんな顔を向けられたら傷つく…! 「何があったんだよお前ら!」 「ちょ、丸井くん!やめてよね!」 声を出して笑う丸井くんを睨む。わりーわりー怒んなよ…ちっとも、これっぽっちも悪いと思ってない顔で丸井くんが謝る。 「せんせー、丸井君が女子と後輩をいじめてまーす」 「丸井君、その手を離しなさい!レディに乱暴するのはやめたまえ!」 「うげぇ、柳生先生!」 「そうたまえ!そうたまえ!」 「た、たまえ!たまえ!」 眼鏡のブリッジを中指で押し上げた柳生先生が丸井くんを見下ろした。丸井くんの手から解放された瞬間、柳生先生の後ろへ隠れる。切原くんは隣の仁王くんの背後へ逃げた。柳生先生に丸井くんが注意されているのをニヤニヤしつつ見てたら オイ、と頭を突かれた。げげげ、仁王委員長だ。 「さっきはよくも無視してくれたのぉ、ひどい仕打ちぜよ」 「う、ごめんって」 仁王くんの後ろから顔だけ出している切原くんにも謝る。こーゆーのは早期和解に限るのだ。 仲直りの握手を切原くんと無理やり交わしていると精市くんに呼ばれた。 「紹介するよ、彼女がうちのマネージャーのみょうじ なまえさん」 「よろしくお願いします」 「青春学園テニス部副部長の大石秀一郎です、よろしくね」 「部長の手塚国光だ、よろしく」 人のいい笑顔を向ける大石くんとは裏腹に無表情で佇む手塚くんを見た後に背後に立っている精市くんと真田くんを見る。なんだかバランスが似ていることに気付いてしまった。 「なまえさん、」 「なに?」 「君には言っておかないといけないことがあるんだ」 精市くんが眉を八の字にしながら見てくる。え、何こと人どうしたの怖い…!ごくり、生唾を飲みこみ精市くんの次の言葉を待つ。心底真剣な顔つきで実は、と切り出す声に耳を澄ませた。 「青学にはマネージャーがいないらしくて、」 「…え、うん…?」 「それで彼らのサポートもなまえさんにお願いできないかと思ってね」 「な、なんだ…吃驚した」 何を言い出すかと思えば。もっととんでもないことを言われると想像していたのに拍子抜けした。申し訳なさそうな表情を浮かべた大石くんに逆に申し訳なさが込み上げてきた。 「全力で頑張るから任せといてよ」 「いや、みょうじの手を煩わせないよう部員達で何とか」 「いいよいいよ!折角合宿に来てるんだから、そっちに集中しててください!」 「ね、うちのマネージャー頼もしいでしょ?」 「それじゃあ申し訳ないけど、みょうじさん頼むよ」 「手伝えることがあれば何でも言ってくれ」 (そんな事言われちゃね) 見栄張り |