走る | ナノ
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・・・・・ 55・・

歩弓さんがゆんちゃんにあれこれと注意してるのをBGMにしながらミニトマトを頬張っていると白米を口に運んでいる精市くんと視線がかち合った。だからどうしたというわけでもないのだけど、なんとなくそのまま精市くんを見つめてみる。すると箸を口元から下げた精市くんが何か言いたげな目を寄越してきた。いつまで見てんだこのやろうとか何ガンくれてんだとか言われる前に、急いで目の前の焼き魚へ視線を移す。あ、急に逸らして感じ悪かったかなあ…そんなことを考えていたら「あのさ」と声をかけられた。目を逸らすのが遅かったのだろうか、恐る恐る再び精市くんに目を向ける。先ほどと同じように彼は何か言いたげにこちらを見ていた。

「な、なんでしょう」
「え、っと」

彼にしては珍しく口ごもる。私に対してはいけしゃあしゃあと物を言う精市くんが。他の人には意地悪なこと言わないし笑顔で接してるし…毎回この差に軽く凹んでいたりする。――そんな彼が私相手にこの態度、一体彼は何を言わんとしているのか。どんな爆弾を抱え込んでいるというのだろう。普段と少し違う彼に思わず身構えながら次の言葉を待っていると、隣から「もー!解ったってば!ご飯くらい静かに食べさせて!」と叫ぶ声が響いた。テストの点数が悪かったとかでさっきから歩弓さんからお説教を受けていたゆんちゃんがついに爆発したのだ。叱られながらご飯食べたくないよね、その気持ちはすごくわかる。
ゆんちゃんの言葉に歩弓さんがまた声を荒げた。二人のやり取りを聞き流しながら精市くんを見ると彼も同じように苦笑いをしていた。再び視線が混じれば肩をすくませて見せる。結局何か言いたかったのかそうじゃないのか解らず仕舞いだ。

歩弓さんとゆんちゃんの攻防戦が続く中、いそいそとご飯を済ませた精市くんが空いた食器を流しへと持っていく。私も残りのご飯粒をかきこんで彼を追うようにキッチンへと逃げ込んだ。


「ゆんちゃん相当点数悪かったのかな…」
「まさか母さんがあんなに怒るなんてね」
「でもご飯中には怒られたくないかなあ」
「ふふ、そうだね」

未だに聞こえてくる声に二人して溜息を吐いた。助けを求めるようにこっちを見ていたゆんちゃんにごめんと心の中で謝りながら部屋に戻ろうとしたところで精市くんに引き留められた。振り返って声をかけるけど精市くんはいつになく煮え切らない態度で私から目を逸らす。軽く首を傾げながら精市くんの名前を呼ぶ。

「いや…なまえさん、お風呂どうする?」

そんな改まって何を言われるのかと思えば、なんだそんなこと…何を言われるんだろうとドキドキしていた胸を撫でおろす。ふうと安堵の息を気付かれないように静かに吐いた。

「精市くんまだだよね、私は後からいただくね」

あの二人はもうしばらくあの調子だろうし、そんな意味を込めてリビングの二人に目を向けると同意するように精市くんが頷いた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

お先に、と私の横をすり抜けた精市くんはそのまま2階へ上がってしまった。どこかいつもと違う彼にもう一度首を傾げながら精市くんが上っていった階段を暫く見つめてみたけれど、当の本人は既に部屋に入ってしまったのでいくら考えても答えなんて出るはずもなく。考えることを諦め、後ろから聞こえてくる口論から逃げるようにその場を後にした。




部屋のドアが叩かれる音に返事をしながら立ち上がる。ドアを開けると首からタオルをかけたパジャマ姿の精市くん。

「先にお風呂いただいちゃってごめんね」
「ううん、今日も部活お疲れさまでした」

あ。そう精市くんが小さく漏らす。何か変なこと言ったかな。

「あのさ、」
「うん」
「来月、テニス部の合宿があるんだけど」
「あ、丸井くん達から聞いた。氷帝とかも来るんでしょ」

頑張ってね、なんて言いながら朝の仁王くんの言葉が頭の中で再生される。その後ろで「ありがとう」という精市くんの声が聞こえた。


”俺らと氷帝どっち応援するんじゃ?”


そう訊かれた時……あの時 真っ先に浮かんできたのは精市くんのことだった。
もしも、ジローや岳人と精市くんが試合で当たるようなことがあった時、私はどっちを応援するんだろう。ジロー達よりも部長の跡部と当たる確率の方が高いかもしれない。もし、跡部と精市くんが戦うことになったら…。氷帝の皆のことは好き、テニスを頑張ってる彼らが好き。別にテニスじゃなくても、何か頑張ってる姿を見るのが好きだった。ジロー達はもちろん勝つ為に頑張っている、だからこそ私と違って試合の内容よりも結果にこだわるのかも。テニスの試合になれば勝敗がつく。ジローたちが悲しむ姿なんて見たくない、けど精市くんが負ける所も………。
負ける所?……どうしよう、これっぽっちも想像できない。背筋がぞくりと震えた。

「なまえさん?」
「え、」
「どうかした?」

どうかしたと訊きたいのはこちらの方だ。さっきから精市くん私の方を見てずっとそわそわしてる。

「そっちこそ、どうしたの」
「何が?」
「さっきから何か言いたそうだよ」

部屋まで来たのも、本当は別の理由があるんでしょ。そう言えば精市くんは今度こそ観念したように口を開いた。そういえば話の途中だったような気がする。考え込んで話を中断させたのが自分だということはこの際スルーしておこう。

「来月の合宿…君にも参加してもらいたいんだ」
「………はい?」



(ルールも知らないのに)
今何と?