走る | ナノ
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授業が始まる前の教室で、手帳を広げ決まっている予定を書き込んで行く。夏休みが始まったら速攻宿題と向き合って後は全部遊んでやろう。そう決めて最初の1週間が"みっちり勉強!"の文字で埋まった。書き込まれた予定の通りに進んだことは未だかつてあっただろうか。そういえば去年も同じようなことをしていた気がする……結局最初の1週間で宿題を、なんていうのは夢のまた夢で夏休み初日からぐうたら過ごしたのだった。そして夏休み終盤、岳人とジローを連れて跡部に泣きつき3人仲良くお説教されたのだ。今では懐かしい思い出の1ページだが、今年こそはそうならないようにきちんとしよう。…きちんとしよう、と意気込んで成功した試しもないのだけれど。そうはいっても今年は一緒に慌てる友達もいなければ泣きつける跡部も側にいないのだ、今年こそは真面目に気合いを入れよう。そう心に誓う。今年から本気出す、マジで。本気と書いてマジと読むくらいの意気込みで。
夏休みが始まる7月のページを捲り8月のページを開く。8月のはじめの数日間に×印をつけていく。昨日岳人に夏休みの予定を訊いたら合宿があるその日以外ならいつでもいいと返事をもらったのだ。跡部が張り切ってて部活の内容がハードになったとぼやいていたのを思い出す。跡部が張り切ってるんじゃあ岳人たちも大変だ。

パタンと手帳を閉じるのと同じタイミングで、隣から力の籠ってない空気が抜けるような声が聞こえた。隣を見ると声の主は、声と共に空気が抜けてしまったのかしぼんだ風船のように机に倒れ込んでいた。あらあら。もうだめだもう死ぬもう動けないなんて挨拶もせずに弱気なことを 普段から天才的だろぃとか言ってる超ポジティブ星人が嘆いているのでミルキーを二つほどそばに置いてあげた。昨日もらったキャラメルのお礼だ。
超ポジティブ星人、もとい丸井くんは小さな声で「サンキュ」とお礼を言ってからミルキーを口に放り込んで静かになった。合掌。
丸井くんが静かになったところで、後ろを向けば数秒前の丸井くんと同様にゾンビ化している仁王くんがいた。まあ仁王くんは常日頃から机と相思相愛だけどね。思考を読まれたのか少しだけ顔をあげた仁王くんが挨拶よりも先に「お前今失礼なこと思ったじゃろ」と睨んできた。仁王くんの機嫌を損ねると絡みが非常にしつこくなって面倒この上ないので黙ってミルキーを献上した。



「もう1個ちょうだい」

早くも生き返った丸井くんがミルキーの催促をしてくる。面倒だったので箱ごと渡してやればぱぁあと分かりやすいくらい目を輝かせた。いつもの超ポジティブ星人に戻ったようだ。

「何か今日は朝から大変だったみたいだね」

ポジティブ星人が残り1個しかないじゃん!と騒ぎ出したのをスルーして仁王くんに向き直る。どうやらこっちも復活したようだ、ミルキーは偉大だと思いました、まる。

「あぁ…来月合宿があるんじゃが」
「そういや昨日そんなこと言ってたね」
「それで幸村がな…」
「精市くん?」
「幸村君が合宿に向けて張り切っちゃってよぃ」
「やる気満々じゃ」

二人が同時に項垂れる。あらら二人ともゾンビに戻っちゃった。精市くんが張り切ってるんなら大変だ…って何これデジャヴ?
部長も大変なんだなあなんて思ってたら丸井くんが思い出したようにそーだ!と私の肩を掴んだ。な、なんですか。

「来月の合宿、氷帝も来るらしいぜ」
「えっ!?」
「跡部から声かけてきたらしいぜよ」
「そうなんだ…」

そりゃ跡部も張り切るだろ…って岳人そんなこと一言も言ってないじゃん!聞いてないよ!まあ確かに私とテニス部は関係ないんだけどさあ。今までもどこと試合があるとかそういう話聞いたことなかったけどさあ。私今立海にいるんだよ?今度お前のとこと合宿するからシクヨロとか一言、ってこれ丸井くんだ。

「なあ」
「ん?」
「お前さんは、俺らと氷帝どっち応援するんじゃ?」
「えっ」
「あぁ、芥川たちと幼馴染なんだよなみょうじって」

仁王くんが頬杖を付きながら言う、その目は私を貫くように鋭い、気がした。俺らと、仁王くんの言葉に真っ先に精市くんの姿が浮かんでくる。そうだ、県は違くても同じ関東の学校なのだ。敵として当たるかもしれない。
正直テニスのことは私には解らない。ジローや岳人達がテニス部で活躍してても、あまり自分とは関係ないと思っている。テニスを始める前には既に二人のことは知ってたし、テニスしてるから一緒にいたわけじゃない。テニスを頑張ってる二人のことは好きだけど、勝っても負けてもそこに興味なんてなかった。テニスの試合の応援に行ったことはある。でもルールもよく解ってないし、あまり興味があるわけじゃなかったから応援に行った数なんて本当に少ないけど。相手校のことなんて全く知らないから、当然のようにジロー達を応援していた。でも、氷帝と全く知らないとは言えない立海が当たったら?

スカートを握りしめる。勝敗に興味ない、でも私が応援したいのは、氷帝の皆?…それとも

「…考えたことなかった」

絞り出すように吐き出した言葉に、固唾を呑みながら見守っていた丸井くんがはーと長い息を吐き出した。またしぼんでしまうんじゃないかちょっと心配した。

「お前マジな顔すんなよ、考え込みすぎだろぃ」
「だ、だって今まで本当に考えたことなかったから」
「聞いてみただけじゃ、あんま気にしなさんな」

じゃあ聞かないでという言葉は飲み込んだ。

「でも、氷帝とか抜きにしてジロー達のことは応援するかなぁ」
「芥川と俺が当たったらどうする?」
「うわぁ、コメントしづらいなぁ」
「んじゃ俺と柳生が向日ペアと当たったら?」
「んー、岳人と柳生くん応援する」
「…悲しい…」
「ドンマイ仁王」



(勝敗なんかより、私は)
忍足もな