走る | ナノ
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・・・・・ 52・・

今朝は早く家を出て、いつもより早く教室に着いた。ほとんどまだ人のいない教室は静かで、どこか肌寒い気がした。
鞄の中から手帳を取り出して今月のカレンダーのページを開く。思わず口角が上がってしまうのを抑えることが出来ないまま2週間後の日付に赤ペンで丸を付けた。
自分の近くに誰もいないのをいいことに鼻歌を歌いながら、丸を付けた日付からの予定を考える。

「えらくご機嫌じゃな」

こつん、軽く脳天をつつかれドキッと心臓が跳ねた。後ろを見ればいつの間に席に着いていたのか、仁王くんが笑いながらこっちを見ていた。うわ、めっちゃ鼻歌聞かれたじゃん、恥ずかしい…。

「お、おはよう」
「おはようさん」

あー、全然 誰かが近くに来たことに気付かなかった。顔が熱くなってないか確かめるように両手で頬を覆っていると、隣から私がさっきまで口ずさんでいた鼻歌の続きが聞こえてきた。隣に目をやれば、これまたいつからいたのか丸井くんがいた。隣なのに気づけなかったんですけどどういうこと。いよいよ顔が熱くなってきたところで横目でこっちを見た丸井くんと目があった。バチッとういんくを飛ばされた。私の隣席の人はジャニーズかなんかだったかな?

「丸井くん、おはよ」
「おう」

お前って西野カナ好きなの?と鞄からポッキーを取り出した丸井くんが訊いてくる。CMで流れてたから覚えてただけで別に好きとかそういうわけじゃない。

「どっか行ったりすんの?」

私の手帳を覗き込んだ丸井くんが もうすぐだよな、と嬉しそうに口にする。「あぁ、夏休みか」思い出したように仁王くんが続けた。
2週間後には皆お待ちかねの夏休みが始まるのだ。

「んー、ジロー達に会いに行きたいなって思ってるんだけど」

部活ばっかで遊べる日があるかわかんないんだよね、と続ければ俺たちと一緒だなと丸井くんが溜息交じりに呟いた。仁王くんが夏なんてこなければいいのに、なんて不吉なことを言う。仁王くんは机に頭を乗せて項垂れていた。ああ、仁王くん暑いの苦手そうだもんな。今から憂鬱じゃ、暑いのに部活して合宿まであるなんて夏休みなんてあってないようなもんじゃ…珍しくぼやき続ける彼に苦笑が漏れた。子供のように拗ねている仁王くんがなんだか可愛く見えて、丸井くんにこっそり耳打ちしたらこんな可愛くねえ子供嫌だろィとめちゃくちゃ顔を顰められた。まあ冷静に考えたら仁王くんは確かに可愛くなかった。夏休みが楽しみすぎて自分を見失ってしまっていたみたいだ反省しよう。


「本当は親にも会いたいんだけど、戻ってくるかまだ解らないっぽいんだよね」
「そういや海外にいるんだっけか」
「そりゃ寂しいな」
「たまにね、意外と寂しがり屋だからさ」
「すまん後半聞き取れんかった」
「ちょっと」
「そーだ、寂しい時俺んち来いよ」
「丸井、もしかしてみょうじのこと口説くつもりか?」
「はぁ?なんでそーなんだよ」

ちげーよ、そう言った丸井くんは仁王くんを軽く睨みながらキャラメルを投げつけた。優しいのか優しくないのか。仁王くんは黙ってキャラメルの包み紙を開くとそのまま口へ放り込む。

「俺んち弟いんだけど大家族だから賑やかだぜ」
「5歳と8歳やったかのぉ」
「へぇ!丸井くんお兄ちゃんだったんだ」

一緒に遊ぼうぜ。どこぞのアイドルよりも爽やかな笑顔を見せた丸井くんが私にもキャラメルをくれた。私は一人っ子だからちょっとうらやましいな。

「丸井は家ではちゃんとお兄ちゃんしてるんじゃけどなぁ」
「家ではってどーゆー意味だよ」
「ああ、学校じゃジャイアンだよね」
「ジャイアンだって兄貴じゃねーか」
「…はっ!」
「プリッ」



(年下には優しいんです)
敵は太陽