走る | ナノ
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・・・・・ 49・・

丸井君や仁王君は女子からの人気も多いし、部活仲間もいて友達も多い。なので授業の間にある5分という短い休憩の間にも来客が耐えなかったりする。仁王君は友達というよりも部活の人との交流が多いけど。
そんな二人に比べて私といえば友達と呼べるのは、仁王君丸井君、宮城さんと片手に収まるほどの人数しかいない。友達は数で競うものでもないけどなんとも寂しい人間関係だと思う。会いたいと思う人はいるけれど、県を越え海を越え…会いに行くことが困難な人たちだなと苦笑いが漏れる。

そんな私に珍しく授業の間にある5分の休憩中に普段は訪れないであろう来客があった。
ざわりと一瞬大きくクラスがざわついたのは気のせいだろうか?


「珍しいね、精市君がうちのクラスに来るの」
「本当は来たくないんだけどね」

来客に喜ぶ間さえ与えず精市君は笑顔で毒を吐いた。会いたくはないけど用事はあるってことか。用事があるから会いに来たんだろうけど、そこに会いたい気持ちを追加してくれたらもっと嬉しいんだけどな。そんなこと精市君に言ったらどんな仕打ちを受けるか想像がつくようでつかないようなどちらかというと想像したくない事態になりかねないので心の中だけで悪態吐くにとどめておこう。と決めた直後に精市君から「何かむかつくこと考えてる顔してる」のとどめの一言が放たれた。

「何も思ってないよ!精市君の用事は何かなって考えてたの!」
「ああ、今日母さん急用が出来て出かけるって」
「そうなんだ」
「うん。だからなまえさんに夕飯作ってもらいたいんだけど」
「そっか、わかった!」
「母さん急いで家出たみたいで何も用意できてないみたいなんだ」
「あ、じゃあ買い物して帰ったほうがいいかな」
「そうだね。俺の部活終わるまで待っててもらえるかな?」
「…ん?いいよ1人で行けるし」
「待っててもらえるよね?」
「うん、待ってるね!」

天使さながらそんな顔で微笑まれたら頷く以外の選択肢はもはや私には残されていなかった。あれ、おかしいな顔は天使なんだけど背後が地獄のような…。

精市君がクラスへ戻った後、歩弓さんにメールを打つため携帯画面を開いた。
歩弓さんへのメールを打ち終わってから今度はゆんちゃんへメールを送る。
精市君から聞いたかもしれないけど、歩弓さんが今日居ないことと夕飯の希望について。
歩弓さんからの返信はすぐに来たもののゆんちゃんからの返事は授業が始まるまで戻ってこなかった。そうだよねえ一年生が堂々とケータイいじらないよね、なんてひとりごちる。

「さっき幸村君来てただろい」
「うん」

ジャッカル君のクラスから戻ってきた丸井君が「珍しいよな、幸村君からみょうじのとこ直接来るって」と天井を仰ぎながら呟いた。
確かに、珍しい。メールで事足りるだろうし、それに精市君はあまり私と学校で絡むのを好んでいないのだ。理由は直接訊いたわけじゃないけど、精市君と仲良くしていることや一緒に住んでいることを他の人に知られたら私に面倒ごとが降りかかるからだろう。っていう解釈だけど精市君に言ったら自惚れんなチビと笑顔で止めをさされたけどきっとそうだと自分に言い聞かせている。それに精市君が認めちゃったら、俺人気者だからさぁってナルシストを認めている感じになっちゃうしな。いやそこ今どうでもいいね。

授業が終わり、昼休みに入る。丸井君は喜びに声をあげ一目散に食堂へと向かってしまった。
「お前今日昼どうすんの?食堂?屋上?教室?まあいいけど俺食堂行ってるから、来るなら来いよ!」と早口で言われたのだがどうせなら私の返答も聞いてから駆け出してほしかった。
今日宮城さん居るのかな…どこで食べようかお弁当を持ったまま考えていると仁王君がつんつんと背中をつついてきた。
振り向くと仁王君は片腕を枕にして突っ伏していた。片方の空いた手で教室の外を指差しているので、その先を見ればドアの影に顔だけゆんちゃんが覗かせていた。3年生の教室に緊張しているのかそわそわしてるのが伺える。
仁王君は私がドアの先を見るのを確認するやいなや上げていた手を下ろしまた寝る体制へと入ってしまった。

「今日はようお客さんが来るのう」
「えへへ」
「(別に褒めてないんじゃけど…まあええか)」

「ゆんちゃんどうしたの?」

そう尋ねると、もじもじしていたゆんちゃんが携帯の画面を見せるようにバッと目の前に携帯を突きつけてきた。画面には先ほど私が送ったメールの本文が出されている。

「あのね!」
「う、うん」
「今日お母さんいないでしょ」
「うん、だからご飯は私が作るんだよ」
「わたしいらない!」
「へっ?」

はっきりそう叫ばれ、きょとんとしてしまった。私が硬直することしばし。もしや私の作ったご飯は食べたくない…と?ゆんちゃんの携帯を持つ手とは逆の手には私が今朝愛情をたっぷりと注いで作ったお弁当がある。愛情をたっぷりという表現はちょっと大げさに例えすぎてしまった。
もしやそのお弁当までも私に突っ返しにきたというのか……。あわあわとどうしていいか解らず両手を胸の前でくねくねと何かを掴もうとしているようななんとも表現しづらい動きをしているとゆんちゃんにひどく不安げな目を向けられた。うん、ごめんね。

「友達の家にお邪魔しようと思うんだ!だからわたしの分はいらないよ!」
「………うん?」
「そういうわけです!じゃっ!」

そう言って清々しい笑顔を私に振りまきながらゆんちゃんはスキップでも始めそうな軽快な足取りで私の前から去って行ってしまった。
ぽかーんとその場に立ちすくむ。そういうわけです、じゃっ!じゃないですよ。え、何それ歩弓さんの許可とったんですか、お友達の家にお邪魔って…いいの?いや私に決定権なんてものはきっとないんだろうけどいいのかな、いいのかな!?

「……食堂行こ…」


(空腹じゃ何も出来ない)
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