走る | ナノ
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・・・・・ 4・・

家の前で車を止めてもらい(あんな長い車に乗ったの初めてだよ。リムジンすげえ)
玄関の前で深呼吸する。お母さんの友人のお宅にお世話になる、それしか道がないのなら私は喜んでその道を歩もう。私の気持ちは決まっている。わがままでも、可能性も選択肢もあるのなら私の気持ちを優先させよう。親がいない生活なんて今までなかったし(一週間程度くらいならあるけどさすがにそれ以上はない)とても不安。親がいない、それだけで結構ホームシックになりそうだ。日本を離れてもホームシックになりそうだけど。ホームシックというかファミリーシックみたいな?

もう一度深呼吸する。自然と手に力が入った。あれ、そういえば今何時だっけ?9時過ぎてたらやばいな。玄関を開けると、クイズ雑学王の音がした。そういえば今日は水曜日だ。明日も学校なのに送別会なんて…明日がちょっと気まずいような、なんというか。むしろもっと後に開いてくれた方が良かったのに。計画性のなさは岳人の短所でもあるし長所でもあった(全は急げというけれど) 

リビングに入ると私に気付いたお母さんが「おかえり」と声を掛けてくれた。お父さんもテレビから視線を外して声を掛けてくれる。鼻の奥につんとした痛みが走った。

「ただいま! 今日ね、みんなが送別会開いてくれてね、話し込んじゃって…遅くなっちゃった」

ごめんなさい、と謝るとお母さんは微笑みながら「ご飯食べちゃったんだけど、お腹すいてる?」 と聞いてきた。食べてきた、と伝えるとお母さんはキッチンの方に戻って食器洗いを再開した。私も手伝った方がいいな、と思ったけれどまずはお父さんに、言わなくちゃと思い直してお父さんが座ってるソファの向かい側のソファに座った。

「あのね、」
「決めたのか?」

私の言葉を遮ってお父さんが答えをせかした。穏やかだけどどこか寂しそうな顔を見て苦しくなった。やっぱり、私まだまだ子供だ。友達の家に泊まりに行った時には感じなかった寂しさが湧いた。

「うん。私ね、やっぱり…日本に残りたいの」
「…そうか。そう言うと思って幸村さん家に伝えておいたよ」
「幸村さん…」

多分私がこれからお世話になる方の名前だろう。幸村さん、幸村さん。頭の中で忘れないように何回か“幸村さん”の名字を繰り返した。キッチンの方からお母さんの声がした。どうやら今週の土曜日からお世話になるらしい。何故か、他人事のように感じた。海外へ転勤の話を出された時もどこか冷静だった。まるで他人事のように耳にしていた。私は、たぶん、甘えているだけだ。親という存在に。何も先の事がわからなくて、不安で、わからないこそ考えられないから実感なんてものは生まれるわけなかったんだ。大事なのは今じゃなくて、もうちょっと先の事かな。今回の場合は (今を精一杯頑張るのには大賛成だけどね)

「神奈川にあるんだが、立海に転入してもらう事になる」
「りっ、かい…」

聞いた事があった。いや、結構有名な中学だし。ジローが丸井くんとやらの話をよくしていたのを思い出す。ジローが聞いたら騒ぐだろうなあ。いやテニス部みんな驚きそうだ。そう考えると嬉しくなった。
………りっか、い、りっかい。あれ、私が通うんだよね? 氷帝もそうだけど、立海も勉強って難しそうなんだけど…!勉強ついていけなかったらどうしよう。…明日跡部にきいてみようかな(勉強もみてもらうか)

(友達ちゃんと出来るか心配だなあ…)


部屋に戻って荷物を整理してみる。修学旅行の荷造りをしているようでわくわくする。居候するんだから荷物は必要最低限の物におさえよう。ああ、幸村さんってどんな人なんだろう。たしかあっちも転勤でお父さんがいないんだっけ。じゃあ家には私を入れて3人、になるのかな?(子供がいればだけど…)いい人だといいなぁ…。同い年の女の子だったらいいのに。もしそうだったら仲良くなりたいなあ。ちょっと楽しみが出来た。

「えーっと、」

お気に入りの洋服とー、鞄と、DSにPSPに…跡部に貰ったゲーテの詩集でしょー、それから…――――


(思ってたよりスムーズ)
呆気ない