走る | ナノ
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・・・・・ 44・・

こんにちは、そう声をかけられ反射的にそちらに目をやると柳生くんが立っていた。柳生くんが指で眼鏡を押し上げる様を見ながら、女の子が好きなゲームのキャラの容姿に近いなと思った。

「仁王君を探しているのですが、ご存知ありませんか?」
「え、さあ…トイレかな?」
「俺はここぜよ」

どこ行っちゃったんだろうねえと二人で首を傾げたところで私たちの間に柳生君が探していた仁王君が割って入ってきた。ちょうど良かったね。
仁王君も捕まったことだし私がいてもしょうがないと思い、柳生君に引き止められる前までしようとしていた行動に移ることにした。といってもただ教室に入って自分の席に着くだけなんだけど。
そうしたら何故か柳生君に肩を掴まれ、足が止まる。仁王君があ、と短い言葉になってない声を出す。折角ですのでご一緒してくださいと言われてしまった。

「邪魔じゃないですか?」
「いえ、呼び止めたのも私なので」

にこりそう言われて微笑まれたら他に断る言葉を見つけることができなくなった。

「それで、俺に用って何じゃ柳生」
「ああ、そうでした。今日の部活のことで幸村君から言伝を預かりまして」
「おう、それなら丸井から聞いた。練習試合のことじゃろ?」
「えぇ、耳にされてるなら結構です」

テニス部の活動について話し出した2人だけど、私別にこの場にいなくてよかったんじゃないかな。柳生君に引き止められた手前勝手に立ち去るのもどうかと思うけど、私がいなくても全然よかったしむしろ私にどうしろというのだろうか。うーむどうしよう。悩んでいると柳生君がそうだと切り出して視線を仁王君から私へ向けた。

「なまえさんも見に来ませんか」
「え、練習試合を?」
「はい。幸村君もいますしどうですか?」

精市君もいる…ってどういう意味だろう。私が精市君の家にお世話になってるって知ってるのかな。それなら柳生君が知ってるのはおかしいし…とそこまで考えてそういえば私がよく一緒にいる人ってほとんどテニス部だったことを思い出した。丸井君たちは知ってるし、きっと仁王君が教えたんだろう。
どうであれ練習試合か。

「私が行ってもいいの?」
「勿論です。幸村君も貴女がいればきっと喜びます」
「いやそれはないと思う」

どうしようかな、放課後予定も特にないし行きたくないわけじゃないし。もし皆が邪魔じゃないっていうなら見に行ってみたいかも。なんとなく仁王君の顔を伺ってみると「お前さんの好きにしんしゃい」と言われた。

「じゃあ、見に行かせてもらおうかな」
「はい、是非」
「ああちなみに試合はうちでするからのう」
「あっそうなんだ」

それなら気軽に見に行けるかもしれない。そう思ったけど、その直後え、やっぱそれってダメじゃんと思い直した。こっちが出向くならきっとわざわざ女の子たちも追って行きはしないだろうけど、うちで試合となるとギャラリーはいつも通りということに…うわああの人ごみの中に入るのかあ。ううぅぅ、宮城さん今日居るかな…道連れにさせてもらおう。

「じゃあ私はこれで」
「あっ、ちょっと待て柳生!」

踵を返す柳生君を仁王君が止めた。仁王君どんだけ柳生くんと一緒にいたいの、そう思いつつ仁王君を見つめていると、何故か物足りなさを感じた。

「何ですか、仁王君」

今度は、くるりとこちらに身体を向けた柳生くんを見つめてみる。それから視線を自分の手首へ移す。そこには昨日転んで怪我をした傷を隠している黄色ベースの絆創膏が貼られている。可愛らしい熊のイラストが描かれているそれは男子が好んで選ぶキャラクターには思えない。
仁王君に対する物足りなさに気づく。
仁王君は私の視線に応えるように少し首を斜めに傾げた。仁王君の手をそっと取ってみる。

「な、なんじゃ」
「仁王君、取っちゃったの?」
「え…?」

何が…そう言いかけた仁王君から視線を外して、今度は柳生君に目をやる。細かく言うと、柳生君の指先に、だけど。

「仁王君…?」

目の前には柳生君がいるのに、思わず仁王君の名を呼んでしまった。
どうして、仁王君にあげた絆創膏が柳生君の指にあるのだろう。仁王君が負ったはずの傷が柳生君に移っているのは何で?
目の前の柳生君が自分の手を胸の前まで持ってきてぼうっとした目で見つめた。

「バレたぞ、柳生」

柳生君はまるで仁王君のような口調でそう言って、持ち上げた手を握ったり開いたりを繰り返して見せた。

「流石じゃな、なまえ」
「え、柳生くん?」
「…お前さんが俺のこと仁王って呼んだき、仁王になってしまったぜよ」
「そんなバカな」
「よく解りましたね」
「うわ、仁王君が敬語になった…何か似合わない」

二人の人格が突然入れ替わったことに一人混乱していると、仁王君が説明してくれた。テニスの試合の時に使う作戦らしい。奥が深いというか、本気でそんなことしちゃう2人に感動すら覚えた。

「仁王君が指怪我してなければ気付かなかったよ」
「そんな簡単に気付かれたら意味ないじゃろ?」

ふふんと跡部を彷彿させるような勝気な笑みを柳生君みたいな見た目をした仁王君が見せる。女の子が好きそうなゲームに登場する眼鏡キャラってきっとこんな感じなんだろうなぁ。ていうか柳生君の紳士的イメージを崩さないで頂きたい。

「仁王君が丁寧になるのは気持ち悪いけど、いいとして。柳生君が変人キャラになるのは嫌だなぁ…」
「どっちにしてもひどすぎじゃろ」
「ていうか仁王君って標準語喋れたんだね」
「俺にしたらそれくらい余裕だよ」
「…とっても違和感…」



(君が浮かんできたから)
剥せない