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・・・・・ 43・・ 痛っ、思わず漏れた声は誰にも届いていなかっただろうけど、なんだか居心地の悪さを感じて身を小さくし、チクリのようなザクリとした痛みを訴えた箇所をチラリと見ればぷっくりと血の玉が指先に乗っていた。 これだから乾燥肌は困る、そう思いつつプリントの端で切れた指先を吸った。鉄のような味が口の中へ広がるのに不快感を覚えつつ指先に目をやればじわりと血が滲んだ。まだしばらくは止まりそうにない。なんだかプリントを片付けるのも何をするのも急に全てがわずらわしくなって両手を適当に机の上へ投げ出し背中をだらしなく椅子の背もたれへもたれかけて授業が終わるのを待った。あー、いい天気じゃ。 授業が終わりみんなそれぞれ昼の支度を始め出す。ぱっと先ほど切った指先を見れば、放置していたせいか指先から根元へかけて血の道ができていた。うわ、なんかグロイこれ…。 じんわりとした熱を微かに持ってはいるがどうやら血は止まってくれたらしい。 トイレへ行き手を洗うついでに用を足し、教室へ戻れば自分の机が3つ別の机と連結していた。 俺の隣でみょうじが弁当を広げ、俺の前の席には丸井がパンの山を築き、その隣で宮城もパンを並べていた。 「屋上で食べる予定だったんじゃが…」 「誰とだよぃ」 「一人で」 「一人よりみんなで食べたほうが美味しいじゃん」 別に一人で食べてもそんな変わらんと思うんじゃけど。とは口にせずさして屋上にこだわる理由もなかったのでおとなしく自分の席につき弁当を用意した。 「勝手に囲んじゃってごめんね」 みょうじが申し訳なさそうに謝るので、別にええよと返せば宮城と丸井が再び騒ぎ出す。こいつらは誰かが何か言えば自分たちも話さなきゃ気が済まない性格なのかなんなのか。 「いーっていーって!どーせ仁王がいなかったらジャッカルが座ってたんだし!」 「そーそ!仁王が可哀想だからっていうあたし達の優しさなんだから」 「…うるさい」 ぼそりと呟けば隣にいるみょうじが、ははと乾いたような笑いを漏らした。弁当を開けると3分の2くらい白米が弁当箱を占めていて、おかずと言えばウインナーと卵焼きのみだった。ちょこんとご飯の真ん中に埋め込まれた梅干が虚しさを更に倍増させた。母ちゃんひどいぜよ……いくら今日姉ちゃんが弁当いらんって言ったからって俺の分手抜くなんて。 みょうじが俺の弁当を見て「お母さん毎日大変だもんね」と言いながら自分の弁当からおかずをちょこんと俺の弁当の蓋の上へ置いてくれた。こいつはほんといいやつ。目の前で俺をけなし続けてるこのバカコンビとは大違いじゃ。 「仁王くん指どうしたの?」 「ん、ああプリントでグサッとの」 「うわ、地味にかなり痛いよね」 怪我した指先をくいくいと折り曲げしながらみょうじに説明すれば、彼女はまるで自分が痛い思いをしたように顔をぐしゃりと歪め、俺が怪我した指と同じ指を握った。 いつの間にか止まったはずの血が傷口から出てきていた。地味に指先が熱かった。 「ちょうどばんそこう持ってるからあげるね」 別にそこまでしてもらう程じゃないと断ろうとすれば、みょうじが「はい」と手を差し出してきた。え、何金でも払えって?治療費払えと? しばらく差し出された手のひらを見つめていたらみょうじが「貼るから手貸して!」と急かした。 彼女の言うとおりに自分の手を差し出せば彼女は傷口に絆創膏を這わせた。 できたの声と同時に自分の手が開放される。俺には似合わない、可愛らしい熊の絵柄が描かれた絆創膏が指先を目立たせていた。 「ばんそこー持ち歩いてるなんて女子力たかっ」 宮城が頬杖をつきパックジュースをすすりながら俺の指先を見ている。多分お前さんよりは遥かに高いじゃろうな。そんな目で宮城を見れば俺の意思が伝わってしまったらしく何も言ってないのに「ああん?」とすごまれた。宮城こわい…なんでそういうことは意思疎通できるんじゃ。悪口や陰口に敏感な奴じゃ…。 「いや、たまたまだよ。仁王くんラッキーだったね!」 「指切ってラッキーってどういうことじゃ」 俺がラッキーだったら怪我なんておってないとおもうんですけど。この子ちょっと抜けてる。 「つか仁王がリラックマとか可愛いすぎだろぃ」 「俺はキティちゃん派やからのー」 「そういう問題?」 「仁王がキティちゃんとかもっと似合わねーよ。せいぜいシュレックだろ」 「……………」 シュレックが俺に似合うってどういうことじゃ。丸井はブー太郎の絵柄がお似合いじゃ。 「みょうじそれ俺にも一枚」 「あ、アタシにもちょーだい」 「いいけど、二人共どっか怪我してるの?」 「俺ってスネ怪我しやすいんだよね」 「仁王だけお揃いとかなんか嫌じゃない」 「二人共たまに可愛いね」 「こいつと一緒にすんなし」 「アタシはいつも可愛い」 はいはい、と適当に笑いながらみょうじは絆創膏を二人に渡す。そこでみょうじの手首にも俺と同じリラックマが描かれている絆創膏が貼られているのに気づいた。 「手首どうしたんじゃ?」 「ん?ああ、昨日帰りに転んで擦りむいちゃってね。近くにコンビニあったからなんか買っちゃったんだよねー」 ああ、だから絆創膏を持っていたのか。 「ドジじゃのー」 「はは、ほんとにね」 「いやほんまに。気をつけんと跡が残る怪我するかもしれんぞ」 「仁王くんは優しいね」、そう笑いかけるみょうじに何故か照れが出て心の中でお前さんの方が何倍も優しいぜよ、って伝えてみたけどそのあと「たまにだけど」と続いたのでやっぱり口にしなくてよかったと思い直した。 (君の優しさで傷を塞ぐ) 匕首に鍔 |