走る | ナノ
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・・・・・ 42・・

長かったHRが終わり丸井君たちは部活に行ってしまった後携帯を開くとメールが一見届いているのに気付いた。開いてみれば岳人からで。内容は彼にしては珍しく簡潔なもので“今日残ってろよ”の一行で終わっていた。はい?意味が分からない…いやいや残ってろ?送る相手間違えてんじゃないの岳人君…とりあえず返信しておこう。“わかった”の一言で彼に劣らずの簡潔な返事だった。
岳人に言われたわけじゃないけど、生憎本日は日直という業務が残っているので早速とりかかる。丸井君も一緒の日直なはずだけど部活があると言ってさっさと行ってしまった。そのことに対してはあまり思うこともないのでいいんだけど。それに日誌書くだけだしね。
欠席…遅刻…今日いたっけかな。ていうかクラス全員の名前把握してない私が書けるのだろうか。まあいいや適当に適当に。今日は無欠席無遅刻っと…。確かうんそうでしょうそうでしょう。

ちゃちゃっと日直の仕事を終わらせて帰ろうかな(岳人には残れと言われていたけど理由もいつまでかも解らないので放置)と思っていたら担任から雑用を頼まれてしまった。タイミング悪いし。ついでと思いながら頼まれた資料を目的の場所まで運び、今度こそ帰ろうと中庭をつっきっていたらふいに自分の名前を呼ばれた、気がした。気のせいと思ってその場を進もうと足を再び動かす。

「この俺様を無視とは、相変わらずいい性格してんじゃねーか」
「…(どこか聞き覚えのある喋り方…)」
「よお、久しぶりだな」
「…え…あとべ……?」

声をかけられたと思って顔を向けたら腕と脚を組んで偉そうに佇んでる懐かしい顔が私の視界に入ってきた。
跡部、そう自分の口から出したのに跡部を認識できてない感じがして不思議な気分になりながらポカーンとしていたら、跡部の方から近付いてきて「相変わらずだな、お前は」って氷帝にいた時と同じ顔が私の目の前で笑った。跡部だ、ほんとに本物の跡部が私の目の前にいる…。理解はできたはずなのに何でいるんだとか、跡部がどうして目前にいるのかぐるぐる頭のなかでまわってなおも私はポカーンとしていた。そんな中再び別の方から私を呼ぶ声がした。

跡部が声のする方へ目を向けたので、私も合わせて顔を跡部と同じ方に向けた。ポカーンとするよりも私はただただ自分の目を疑いあまり大きくはないだろう目を限界まで開いた。

「ジローのやつ、やっと起きたか」

跡部の声のあとにジローが「なまえー!会いたかったC!」と叫びながら飛び付いてきた。咄嗟のことで交わしきれなかった。まさかジローのすばやさがあんなにも向上するなんて…覚醒したジローはやっぱすごいなんだっけ潜在能力って呼ぶんだっけか。
私の側には跡部がいたため、奴を巻き込んでのハグになった。というよりこれじゃ跡部が私に抱き付いて、その外からジローが引っ付いてるような感じだ。跡部相手だしプラスジローだし特別意識したりドキドキしたりはしなかった。跡部たち相手じゃときめかないってのが私と他の女子との違いかもしれない。いや跡部のことを特別意識してないんだったら誰でも同じだけどね。

「じ、ろー…ちょ、離して…跡部離れて」
「アーン?何を今更照れてんだよ」
「冗談いいから、ったくもー」

ゴメンゴメンと笑顔で謝りながらジローが腕を離す。謝る気はどうやらないらしい。
ジローがいて跡部がいるってことは岳人もいるってことだよね…と思ったとこで岳人から放課後残ってろと連絡があったことを思い出した。ああそういうことだったのね。とんだサプライズだよほんといきなりすぎて心臓止まるかと思ったしなんか嬉しいっていうか安心するっていうかなんかよく分からないけど鼻の奥がつんとしてきた。

「私にわざわざ会いにきてくれたの?」
「バーカ、練習試合だよ」
「そうですか」
「なまえに会えるって皆すっげー楽しみにしてたんだよ!」
「やーっぱ私に会いにきたんじゃん」
「おめでてーな本当に相変わらずな奴だぜ」

相変わらずなのはあんたも変わらないでしょ、そう口にしたつもりなのに別の声によって跡部に私の言葉は届かなかったようだ。
名前を再び大きな、今度は女の子の声で呼ばれた。今日はよく呼ばれるななんて思いつつ駆け寄ってきた人たちを見ればうちのクラスの女子グループだった。
またこの人たちかと思ってしまった私はなんて器の小さい奴なんだろう。まあ度々の嫌がらせのせいであまりいい印象を持てないのは仕方がないと片付けてしまっていい気もするけどね。

「その人って氷帝の跡部さんじゃない?!」
「みょうじさんほんとに友達だったんだぁ!びっくりだよ!」
「ねね、あたしらの事紹介してよー!」

私達を囲んだ彼女たちは、こっちが言葉を挟めないくらい矢継ぎ早に話し掛けてきた。跡部と一回でいいから遊んでみたいとか、跡部や氷帝をバカにするような発言をした彼女たちに跡部を私が紹介するなんて冗談じゃない。彼女たちは図々しいとか勝手という類いの言葉の意味を理解しているんだろうか。
皮肉なことばかり考えてしまっていけないと思いつつ不快な思いまでは消せなくて、ジローがそんな私を察したかのように「この子たちなまえの友達なの?」と私を見ずに跡部を早くも囲み質問攻めにしてるクラスメイトを見ながら聞いてきた。ここは正直に言うべきか、迷った末にクラスメイトとだけ答えた。それに対してジローは「ふーん」と探るような声で返してきた。ジローがこんな反応をするくらいだからきっと跡部は彼女たちに対してあまりいい印象は抱いていなさそうだ。そのことを裏付けするように跡部は先程から質問の全てをうまく流している。これは跡部の干渉を許さない時のやり口だ。
それに気付いているのか、はたまたネバーギブアップ精神なのか彼女たちの交遊の誘いは続く。私にはすでに興味が失せたようだ。とりあえず跡部と顔見知りになりたいのか彼女たちは必死のようで、そのプッシュぶりは尊敬に値するものがある。
一人のクラスメイトが「今度遊ぼーよ、連絡先教えて」と跡部に触れようとしたところで跡部は(私にしたら)嫌味な笑顔を作りながら伸びてきた彼女の腕を交わすと

「悪いが、俺様はそこの女に夢中なんでな…他の女なんかに興味出ねーよ」

そうきっぱりと告げた。そこの女として指された私はただ慌てるしかない。いやあんた勝手言うなよ私どうなるか分かんないじゃん!思ってないことをさらっと言っちゃう跡部ってすごいなぁうわぁぁい!!!ふざけんなよおおおおお!?

さすがにこの跡部の発言には怒りがわいたのか彼女たちは不愉快マックスな顔を隠しもせずに行こ行こと皆勝手に去っていった。

「あんなんがいいなんて趣味わるーい」

最後に聞こえた言葉に多大なダメージを受けたけど、それ以上に怒りが込み上げてきた。
勝手に盛り上がったくせになんだその言い種は。私のことはあまり聞きたいわけでもないけど百歩譲っていいとして、跡部の趣味が悪いなんて言われたら許せない。跡部見る目あるんだから!ってちがくて…。私だけじゃなくて跡部まで、馬鹿にするなんて、やっぱり許せない。
悔しくて唇を噛み締めていたらジローにほっぺをつままれた。

「勝手な人たちだったねー」
「んむ」
「薄っぺらいプライドばっかで笑いが出るぜ」

ううううう、二人には何度救ってもらったんだろう。今だって私のぐちゃぐちゃになった頭の中をすっと整えてくれた。氷帝はやっぱ私の誇りだよ。

「残念だったね跡部」
「アーン、幸村じゃねーか」

どっから出たんだよ、そしていつからいたんだよって感じで気付いたら私達の側には精市君がいた。いやほんといつの間に現れたんですか?

「何が残念だって?」
「君が彼女に夢中なのは解ったけど、彼女は今俺に夢中だからね」
「アーン?逆じゃねーのか」

残念でした、と言わんばかりの笑顔でそんな大嘘を吐き出してくれちゃった精市君に私の顔から今度こそ色が消えた。顔が熱くなるとかそんなレベルを通り越して温度や色の次元越えに到達してしまった。こいつら何を言い出すかわかったもんじゃないよ。テニス部の部長ってみんなこんなでまかせはったり普通に吐くもんなのかな?

「なまえ、大事にされてるみたいだね」

嬉しそうな笑顔を向けてくるジローにどこがやねんと忍足ばりのツッコミを入れてやりたい。
目の前では究極に怖い顔をした跡部と、究極に黒い笑顔をした精市君が何故だか火花を散らせていた。…ように見えただけかもしれない。いやでも確かに二人の間にブラックブリザードが…

「なんてね、冗談。だから安心していいよ」

パッと明るい笑顔に早変わりした精市君が跡部にやだなー本気にした?みたいなノリで話しかけるのを見て漸く私はホッとすることが出来た。正直大事。



「…今はね」

最後の一言は聞かなかったことにしよう、うん



(スルースキル高めよう)
面倒くさ