走る | ナノ
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おや、そう呟いたのはメガネのブリッジを中指で押し上げている七三分けが素敵なたまえのお兄さんだった。お兄さんといっても同い年なんだけど、雰囲気やたたずまいが私よりも年上と錯覚させる。仁王くんも宮城さんも風貌は私よりもずっと大人っぽい。精市くんも大人っぽい容姿だし落ち着いてるし私と同い年にはあまり見えないけどいたずら好きな意地悪大将で本人には決して告げられないけどやっぱり私と同い年に見える。うん、精市くんは大人っぽくないね、うん。こんなことご本人の目の前で言おうものなら問答無用でデコピンもしくはほっぺたつねられるか最悪こめかみをグリグリされてしまうところだろう。――― そんなことよりも、図書室で本を読んでいたら一時期私の中でかなり大きなブームを巻き起こさせた柳生くんが私の座る向かい側の椅子に腰をかけて声をかけられた。その声に初めて人の存在に気付いた私は突然のことに本の世界から帰ってくるのがこんま遅れた。

「あれ、柳生くん」
「奇遇ですね」
「そうですね」

話を続けられない自分が恨めしい。そうですね、って何だそうですねって。つられて敬語になったのはわかるけどそうですねってなんの面白みもない返事をしてどうする。柳生くんだってきっと返事に困る。いやでも奇遇ですねって言われてなんて返せばいいのだろう。反省するのも大事だけどいつまでもそうしてるわけにもいかないので話題はないかと頭をひねっていたらさすが紳士、あちらから話題を振ってくださった。柳生くんは丁寧な話し方をするから、なんだか先生と面談しているような気になってきて自然と背筋が伸びてしまう。彼はそんな私に気付いて何か言おうとした口を一度閉じてから、「ああ、楽にしてもらって構わないですよ」と言ってくれた。いやなんか条件反射で…と苦笑いする他ない。

「こんな時間まで読書ですか?」
「う、ん…ちょっと時間つぶしに」

今日は精市くんのお母さん、歩弓さんにお使いを頼まれて精市くんと一緒に買い物に行く事になったのだけど、部活こそなかったものの委員会の会議があるとのことで精市くんを待つことになったためにその暇つぶしに図書室に来てみたのだ。

「柳生くんはお勉強?」
「委員会の書類をちょっと……教室には皆さんがまだ残っていたので」
「図書室は静かだもんね、集中できるよね。私も本の世界にすぐ入り込んじゃって…」
「おやその本は…貴志祐介先生の」
「うん、知ってる?推理物なんだけど」
「ええ、知っていますよこう見えて推理小説好きなんです」
「わ、意外、読書は好きそうだなって印象があったんだけど…」
「どんなものを読むと思っていたのでしょう」
「うーん、エッセイとか、かなぁ…はは、曖昧だね」
「トリックにも多いですよ、曖昧なものは」

あんまり共通の話題がなさそうだな、と思っていたのだけど案外好みが合うかもしれない。ちょっと感動した。柳生くんとはたまに挨拶するくらいで会話という会話はそういえばあまりしたことがない、しても大抵仁王くんが傍にいたり丸井くんが一緒だったから2人で話すのは少しきついかなあと敬遠していた部分もあったけど、なんか安心した。

「もうちょっとで終わるけど、すごいねこの本。知ってるってことは柳生くんも読んだの?」
「ええ、まあ。」
「じゃあネタバレしなくてすむな。あの、よかったらこの本の感想聞かせてください」
「…じゃあ、ネタバレしない程度に」
「うん、お願いします」

「そうですねぇ、トリックよりもその世界観とキャラが面白かったですね、犯人も含めて」
「世界観はすごく面白いね、あと最初はスローペースで進んでたんだけど後から急加速するのがなんともいえない!テンポがよくて引き込み方がやばいね」
「話の進み具合からキャラへの感情移入のしやすさもツボをついてきますね」

しばらくお互いの感想を述べていたら柳生くんの口元が笑っていることに気付いて思わず口をつぐんでしまって、柳生くんにどうかされましたか?って聞かれてしまった。

「いや、柳生くんが笑ってると思って」
「え、あ、ああ。こうして推理小説について討論できるのが、感想を言い合える相手がいなくて嬉しいんですよ」
「そう、なんだ、…」

その言葉が私は嬉しいと思ったので、推理小説を読むことがちょっと前よりも好きになった。と思う。

「………あ!」
「はい?」
「ごめんね柳生くんすることあるからここに来たのに邪魔しちゃって…」
「いえいえ気にしないでください。私の方から話しかけたのですから」
「いやでも」
「私の方こそすみません、読書のお邪魔をしてしまって…ご迷惑をおかけしてしまって」
「迷惑だなんてそんなちっとも思ってないよ!」
「そうですか、私もですよ」

そう言って微笑む柳生くんに、やっぱり彼は大人だなと思ってしまう。そんな風に返されたら私はもう何も言えない。大人と感じて敬遠してしまう癖が出てしまうのがなんだか切ない。彼だって好きなことにははしゃげるんだから、私と同じ間性で同じ感覚で話が出来る。それに大人子供なんてないんだ。

「おや、幸村くん」
「えっ」

パッと後ろを向けば壁に背を預けて腕を組んでいる精市くんがいた。いつからいたのかしら。

「お邪魔しちゃったかい?」
「幸村くん、そういう言い方はやめてください」
「柳生くんよかったらまた話そう、おすすめの本も教えてください!」

「なんか先生と生徒みたい」


違うよ友達!精市くんに返せば生意気とやっぱりデコピンで返された。ううぅ…。



(硝子のハンマーで友情)
推理小説