走る | ナノ
×


・・・・・ 35・・

はあ。思いのほか大きなため息が無意識に出てしまった。

「とうとうこの時がきてしまったか」

どよーん、という効果音が後ろから聞こえてきそうだ。そう考えたらまたため息が出そうになったけど、幸せが逃げるという迷信を思い出して口を両手で塞いで息を止めた。
仕方ないよと自分を励ましながらかばんの中に手を入れお目当ての物を手探りで探してみる。

「あ…れ…?」

一度探したかばんの中をもう一度入念に漁ってみる。も、お目当ての品は出てこない。そんなバカは、と微かな希望を抱きつつ鞄をひっくりかえしてみても中身を全部出してみても、やはりわたしが探している物は見つからなかった。

「うそだな」

自分の目で確かめても現実を受け入れることができなかったので、現実逃避もかねて鞄の中をもう一度漁ってみる。やはりお目当てのものは出てこなかったけど、内ポケットから50円を見つけ出した。

「お弁当もないし、財布も忘れるとか…」

ははっ。乾いた笑いが漏れる。これはもう現実じゃないね、夢だ夢。そうに違いない。夢なら早く覚めてこの空腹から逃れたい。
今朝は寝坊して朝食をとる時間がなくてお弁当ももちろん作れなくて、その上財布まで忘れて家を出るなんて…何だこの負の連鎖は。
しかも手持ちは50円。今日をこのままやり過ごせる自信がこれっぽっちも持てない。空腹すぎて色々無理だろう。

「宮城さんに借りよう、うん」

気を取り直して、最後の希望とも言える宮城さんの元へ行こう。そうしよう。
宮城さんのクラスへ行く途中、ジャッカルくんと遭遇。手にはブラックコーヒーが握られていた。微糖でも飲めないのにブラックなんて苦いものを飲めるジャッカルくんってすごいわ。

「宮城なら休みだぜ?」
「…マジすか」
「来てるのかもしれねーけど、朝から見ないな」
「(ズル休みだ…!)」

唯一の希望も絶たれた今、私の目の前には“絶望”の2文字しか浮かんでこなかった。ジャッカルくんにはお金借りたくないし(生活が大変そうなのでとても貸してなんて言えないわ…!)。私のお腹は大泣きなう。
八方塞とはまさにこのことか。身をもって知りました。学びました。

「あっみょうじ」
「わっ丸井くん」

心配してくれるジャッカルくんに癒され感動しつつ、同時に絶望も感じながらジャッカルくんと分かれて教室への道を辿っていると購買帰りの丸井くんに会った。右手にあんばん、左手に牛乳パックという両手に幸せを抱えた丸井くんに若干嫉妬。いかにも、もう昼終わります的な絵だ。
丸井くんの隣に、2000mlのアクエリアスを持った仁王くんがいる。相変わらずカロリーが足りてなさそうな顔だ。以前、「仁王は栄養足りてないから頭の色素抜けちまったんだよなー」と丸井くんが言っていた。そんなはずはないのだけど、シャレになってないような気がしないでもない。2000ml…中身はすでに半分以下だった。仁王くん…2000mlのアクエリアスだけじゃ仁王くんに必要な栄養は補えないと思うよ。そう彼に伝えれば「カロリーメイトがあるけぇ、大丈夫じゃ」と返された。なんか違う。

とりあえず、事情を話すと丸井くんと仁王くんはいつもどおりのテンションで笑い飛ばしてくれた。こんちくしょう。

「私真面目なんだよ、死活問題なのよ」
「わーってるわーかってるって」
「簡単に笑わないでよね!」
「俺のこと笑わせるとは、みょうじ中々やるぜよ」
「別に嬉しくないけど……」
「そーは言ってもよー、俺今日の昼に金全部つぎ込んじゃったんだよな。明日こづかいもらえるし調子乗ったわ」
「お前はいつも調子乗っとるじゃろ」
「うっせ」
「助けたい気持ちは満々やけど、俺も今日は弁当があったんで油断して財布持ってくんの忘れての」
「どんな油断の仕方だよ」
「ちゃんとお昼あったんだね(カロリーメイトじゃないよね…?)」
「財布忘れるとか…みょうじとお揃いじゃな。照れる」
「仁王キモい」
「そんなお揃い私いやだよ」
「お前ら絶対俺に対してカロリー不足じゃ」
「カロリーっていうか糖分不足だよね」
「もっと俺に甘くてもええじゃろ」

ぐきゅるるる、気のない音が3人の間で響き、目の前にいる二人の目が私の腹部に寄せられる。プッと吹き出すように笑う仁王くんをうらめしく睨んでやる。丸井くんは丸井くんで笑うだけ笑っておいてさっさと昼食を終わらせちゃうし…助けたい気持ちは満々じゃなかったの…? 仁王くんだけだったの…?

「ん、おっ」

午後は寝てやりすごそう、がんばって生きよう。そう心に決めて教室に戻ろうとしたところで、丸井くんが閃いたようにパッと目を輝かせ、ポンと作ったこぶしを手のひらに乗せた。目が希望という輝きに満ちているような気がする。

「いいこと思いついた」
「見りゃわかる」

凛々しい顔持ちで、仁王くんの手からペットボトルをひったくった丸井くんは喉を鳴らしながら中身を飲み干してしまった。

「ぷっは! 俺ってやっぱ天才的だろぃ。出木杉君じゃね?」
「…………」
「やってることジャイアンだよ…」


(仁王くん固まってます)
その意味