走る | ナノ
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・・・・・ 31・・

精市くんの有難い のろ…おまじないも済み、(枯らさない)覚悟が出来たところで 精市くんのガーデニング講座が始まった。花を枯らせると可能性大で私の命のともし火が弱まるか消されるかなので、枯らさないためにも言葉の一つ一つを必死に丸暗記するように叩きこんだ。枯らしたりしたら(ご想像にお任せします)されて(ご想像にお任せします)(ご想像にお任せします) にされちゃう…!
確かに精市くんのおまじないは効果覿面だよぉぉぉぉ! みなさまお勧めですので男の子に告白するときはまず精市くんに相談すればよろしいかと思います。やらなくちゃいけない、という気持ちに駆られます。同時にお化け屋敷以上の恐怖を背負うのでご注意ください。

「この花は乾燥にも強い方だから、なまえさんみたいに水遣りを忘れやすそうな人にも育てられると思うよ」
「一言多いと思うよ」
「はい、口答えしない」

種が入った袋でべしりと脳天をはたかれた。抗議する間もなく、精市くんは「さて、準備もできたし、種埋めようか」 と、てきぱき作業を進める。精市くんから受け取った小さめの鉢にその辺から拾ってきた石をしいて、その上に土をかぶせていく。同じ作業でも、精市くんと比べると無駄が多かったし、見栄えも彼の方のがいいような…これがベテランと素人の差というものなのか。

「結構簡単でしょ?」
「うん」
「まあ難しいのは植える時より育てる時、気を付けてね」
「う、はい…!」

気を付けてってまさか(ご想像にお任せします) にされないように? ……まあ、それは置いといて、どんな花が咲くのか楽しみだ。写真の中で咲いている花とまではいかないかもしれないけど、色鮮やかで綺麗な花が咲いてくれたらいいなあ。

「楽しそうだね」
「うん!咲くの楽しみ!」
「はは」

なまえさんのスペースはここね、と割り当てられた場所に鉢を植える。精市くんの話だと、芽が出たら早めに花壇の方に植え替えた方がいいらしい。すごいなあ、物知り。芽が出たらすぐに花壇に移してやらなくちゃ。

「精市くんも何か植えてたけど、ニチニチソウ?」
「ううん、苺を植え付けたんだ。もうちょっと早く植えた方がいいんだけど、時間があまりなくてね」
「いちご?」
「そう、…いちご 好き?」
「好き!」
「よかった。なまえさん好きそうだと思ったから…あ、それに悠も苺好きだし」
「わたしの、ため…?」
「なまえさんって都合のいいことしか頭に入れないよね」
「や、そういうわけじゃないけど…ちょっとでも私、……精市くんが考えてくれてるって思ったら嬉しくて、」
「別に普通だと思うんだけど…どちらかというとついでだし」
「一言多いけど…ほら、あの、最初に私が来たとき…すごく嫌われてるみたいだったから…ちょっと仲良くなれたって思うと嬉しくて」
「……ちょっと待って」
「何か変なこと言った?」
「俺別になまえさんのこと嫌ってないよ」
「え? だって、いつも冷たいし、意地悪ばっか言うし、私の扱いひどいし」
「なまえさんの方がひどいと思うけど。傷つくよ?」
「いや、あの、ごめんっ!」
「ううん、俺こそごめんね。まあ最初は目障りだなあって思ってたけど、今はそうでもないんだ」
「め、目障り…!ストレートすぎない? 」
「まあそういうことだから、これからは怯えないでいいよ」

ぽん、と頭上に私よりも大きな手が落ちてくる。精市くんの顔は穏やかで、今日は不安になるくらい嬉しくなる。目障り発言には正直堪えたけど、今はそうでもないらしいしまあいいや、うん。きっと今は目の前うろちょろしてても「あー、なまえさんだぁー」ってレベルにはなってるはず…!
もっと仲良くなれたらきっと、もっといっぱい話せるかな。そうなったらいいなあ、なんて。もっと精市くんのことが知りたい。もっと私のことも知ってほしい。

「じゃ、じゃあ私を見るとき睨むのは、なんで…?」

ずっと、ずっと、気になっていたことを、聞いてみる。睨むというか、冷たいというか。

「ああ、睨むつもりはないんだけど。なまえさんが俺のこと見るたびにゴミを見るような目をするから、つい」
「そ、そそそ、そんな滅相もない! 私そんな目で精市くん見たことないし!ってそれって昨日私が言った…っ!」
「ふふ、冗談だよ」

初めて、精市くんが声をあげながら、肩を揺らしながら笑う。また一つ精市くんの初めましての部分を見れた。いつも私のそばにいる彼は冷たいのに、今日はすごくあったかくて、綺麗な花達を見てるような気がしてくる。嬉しくて、この気持ちが、私が植えたニチニチソウにも伝わればいいなあって思った。伝わったらその気持ちだけで明日の朝にでも芽を出していそうな感じがしたから。実際ありえないんだけどさ。

「俺を見るたびに、怯えたような…警戒心丸出しって態度とるからさ、ついね」
「え…それ、って…」

ぽかり、心の中に空洞が出来たような、穴が生まれたような、そんな感じが胸の奥からする。第一印象で精市くんを決めつけて、私が彼にあんな顔をさせていたとしたら、私はなんて無駄なことをしていたんだろう。精市くんに嫌な思いをさせてきたのだとしたら、私はなんて馬鹿なんだろう。いつもいつも仲良くなりたいもっと知りたい認めてもらいたい、そう思ってるはずなのに、彼を前に怯んで怯えて、遠ざけて怖がって。馬鹿だね、私。精市くんに言われるまで気付かなかったのに、指摘されてみれば思い当たる節がいくつも出てきて、目の前から色が霞んでいった。
自分が情けなくて俯く、とするりと伸びてきた精市くんの手によって上を向かされる。

「いづ、っ」
「今日は、」

そう言いながらあいた手で、手首を持ち上げられる。それから、昨日噛まれた所を精市くんの親指の腹が撫でた。くすぐったい。突然の行動に顔はどんどん熱をあげて、心臓は早鐘を打ち出す。どどどうなってどうしてどうしたらいいの! あんま意識しないようにしてるけど、ほんと今更なこと言うけどていうか思うけど、精市くん性格はちょっと歪んでるけど顔はめっちゃ整ってるからそういうことされると、頭とか体とか心臓とか追いつかない! いや、たかが手首触られてるだけだけどさ! 仁王くんのキスよりも何倍も何倍もレベル低いけど…っていうかレベル?! 何考えてんだ私! ばか! 止まれ心臓! 止まったら死んじゃうからやっぱ止まらないで!

「これのお詫び」

痛かったよね、ごめんね。なんて、優しく微笑まれればどう返していいかわからなくて、ぐちゃぐちゃの頭でめちゃくちゃな顔なくせに精一杯綺麗に笑い返してやった。心臓が破裂しそうだ………

「うーん、43点」
「よ、っ…!?」

破裂寸前で一気に静かになりました。


(なだめるまでもなく!)
四十三点