走る | ナノ
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・・・・・ 2・・

水曜日。
いつもと変わらないけど、いつもとは違う水曜日。背中が妙に重かった。背負う物が増えたからだろうか。海外へ行くかどうか。海外ってまず何処の国だよ。何処の国だって私の気持ちは変わらないと思う、けど。

ただ今早朝4時を回ったところだ。ベッドに入ってから一睡も出来てない。気持ちは固まった、はず。だけどやっぱり不安だし、家族と離れるわけだからそうそう割り切れないし。どうなるかわからない。ずっとその事ばかりを考えながら携帯でテトリスをやっていた。おかげで自己記録を5回も塗り替えてしまった。
なかなかあの細長いのが出なくて何度悔しい思いをしたか。いや今はそんな事どうでもいい。どうやって伝えよう。お父さん達は自分で決めていいって言ってくれた。だけど、簡単に決められた事じゃないから。どのタイミングで言えばいいんだろう。本当に、私一人で決めてしまってもいいんだろうか。お母さん達が一緒に来いと言えば私に権利はない。私はまだ中学生で、何かを好きに出来る歳じゃないし。結局は親のすねかじって生きている子供に過ぎない。それでも私に決めさせてくれるんだから、私は精一杯悩むしかないのだ。答えはでた。言葉だって、簡潔なものでいい。でも、やっぱり怖い。話すのが。自分の気持ちを素直に言うのが怖い。もっと素直な子に育っていればよかったと今ほど思った事はないだろう。

まだ4時20分…学校の支度でもして時間を潰すか。着替えも済ませたのに朝食の時間まではまだかなり時間がある。未だに眠気は襲ってこない。くそう徹夜じゃん。鏡を見てみるとうっすらと隈が出来ていた。うわあ最悪。両手をほっぺに持っていく。年頃の乙女なのだお肌のトラブルには気をつかう。

「うわぁ…不細工」

自分を可愛いとは思っていないが、なるべく可愛くありたいと思うのは女の子のポリシーなんじゃないだろうか。まあなんだっていいけど。一夜にして結構やつれた顔はとにかく最悪だった。時計を見る。まだ20分しかたっていない。さすがに何時間もテトリスをしていただけあってこれ以上する気にはなれなかった。仕方ない。鞄から教材を取り出し机へと向かう。これでも私は受験生なのだ。本業に勤しもう。
問題集を10ページほど進めたとき(苦手科目はあまり進まないものだなぁ)下からお母さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
教科書などを鞄に詰めて部屋を出て深呼吸。ああ、タイムリミットが近づいている。階段を一段一段おりる度に意識していたわけじゃないけど日本に残るという意思が固まっていくようだった。自己暗示の粋だったかもしれない。かもしれないというかそうでもして自分を保っていないと判断が狂うからだ。いざという時、判断力がものをいうのだ。うん、そう。そうなんだ。判断力。果たして私の出した結論は正しいのだろうか。後悔なんてしたくない、だから残ることを選ぶんじゃないか。…後悔しない保証が何処にある?
未来なんて結局誰にもわからないんだ。占い師がどうやって未来を予言するかなんて知らないし、どう見えているのかもわからない。予言者でもない私が未来を知る術はなかった。

「良く眠れた?」
「ううん、あんまり」
テーブルにつくとお父さんがコーヒーカップ片手にキッチンから出てきた。
「…決まったか?」
「うん、でも、聞くまではまだ…決められない」

お母さんが朝食をテーブルに並べ始める。和食だった。お母さんも席につく。いただきますというお父さんの声に続いてお母さんとわたしのいただきますの声が重なった。

「あの、ね。もし、私が残るとしたら私は何処に住むの?」

一番気になっていた事だ。おばあちゃん達の所かもしれない。そうなるとかなり遠くに引っ越さなくちゃならないな。なるべくここを離れたくはないのだけれど。

「私の、高校時代からの友人の家がいいと思っているの」

お母さんの声は穏やかだった。高校時代を思い出しているのかとても嬉しそうに話してくれた。その友人の方を。私としては、お名前を聞きたいのですが。

「ちょうどあちらの主人も出張とかで…」

2人になってしまうのか。私がお邪魔しても平気だそうだ。タイミングがいい。

「あとね、どれくらい、海外にいるの? それからどこの国?」

お味噌汁を一口啜った。具は大根だった。

「最低でも、1年はかかるだろうな。アメリカで暫くやっていくことになってる」

お父さんにもよくわからないらしい。まあ1年くらいか。そっか、と口にして、残りの味噌汁を啜った。気付けば登校時間だ。

「ごちそうさま」

食器を流しまで持って行き自分の部屋まで戻って鞄を取ってくる。なんて面倒な事をしてるんだろう私は。部屋を出る時一緒に持ってくればよかった。そんな事よりも、話の途中で気になったこと聞いた。多分私は転校するんだろう。もし、お母さんの友人のお宅へお邪魔するとなると。ここからそう離れた所じゃないにしろ転校は間逃れられそうにもない。ここは日本に残る条件として我慢しよう。この時期に転校もあれだけど…。義務教育も終えてない私が一人暮らしを許されるわけない。今の学校の友達に会えないってほどの距離じゃないし。


(中学3年生、5月)
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