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・・・・・ 28・・ 朝、教室。教室の前で、いきなり頭を叩かれ、「あんた何様のつもり?!」 と怒鳴られた。え、え、え?! 現状が理解できないまま叩かれた頭に手を置いて目の前で私を睨み付けていらっしゃる金髪のお姉さんを涙目になりながら見つめた。こ、ここ、怖い! 「み、宮城さん…?」 「あんたのこと今日一日アホの塊って呼ぶから!」 「あ、アホ…? え、なんで」 よく分からない宣言をされて、ますます何がなんなのか分からなくなって頭が痛くなってきた。そんな私の背後から 「わーお、いじめ現場はっけーん」 の丸井くんの声。 「丸井くん…あの、宮城さんが」 「おう、どうしたアホの塊」 「ひ、ひどい…!」 「とにかく、またなんかあったらあたしに報告してよねー」 「なんの話をしてらっしゃるのか…?」 「幸村からきいたっつーの」 「は?!」 「なまえちゃん呼び出しデビューしちゃったんだろい?」 「丸井きもい、ちゃん付け似合わない」 「うっせ」 「何で知ってんの」 「ほらあたし、」 「女子取締り役ですからー」 「だから違うって!」 「う、うん?」 細かくは教えてくれなかったけど、二人の話からすると…昨日呼び出された時に精市くんが電話で話していた相手は宮城さんで、私が何も言わなかったことについて彼女はお怒りらしい。彼女いわく 「あたしに隠し事なんて何様のつもり?」 とのことでした。ぶっちゃけ昨日の子たちよりも宮城さんの(凄みの)方が怖い。内容は嬉しいもののはずなのに、かつあげされてるような気分だ。かつあげとかされたことないけど。そういえば今朝、玄関で昨日の子たちとすれ違ったよなあ。普通だったけど。普通っていうか 「やべ、あいつだ…早く行こう!」 みたいな感じだったけど…。 思いっきり避けられたような。まさか宮城さんが…… 「いや、でも暴力はいかんと思います」 「は? 何の話?」 「昨日の子たちに何かした?」 「お灸をそえただけよ」 「お灸って…げんこつとか頭突きとか目潰しとか…?」 「ふつうに話し合いしただけ。何もしてない」 「(宮城さんの普通って…?)」 「いやー俺もみょうじにいい友達紹介したよなぁ、うんうん」 「別に丸井に感謝とか誰もしないから」 「お前ちょっとは俺にリスペクトしてみろ」 「絶対いや。土下座されてもいや」 「はあ? お前に土下座とかするわけないじゃん」 「(あとで精市くんにお礼言わなくちゃ…)」 廊下の真ん中で二人が言い争ってる内に、コンビニ袋をガサガサいわせながら歩いている仁王くんがそばまで来ていた。袋の中にはおにぎりが2つと野菜100%ジュースとその下に焼肉弁当があった。お昼は焼肉弁当なのか…お肉…。 「おはよー」 「おはようさん。あの二人はまーたやっちょるんか」 「朝から元気だよね」 「まったくじゃな。部活の後だったちゅーんに丸井は若いのぅ」 「仁王くんも若いはずなんだけど…」 「今、頭の方は若くないとか思ったろ」 「お、思ってないよ! あ、やばツボった」 「柳生に続く大ヒット来ましたー」 「たまえの方が上だけど」 「つれんのー」 軽く喉で笑った仁王くんが急に目を細めて名前を呼ぶ。いつもより低くなった声に背筋が伸びたのを感じた。 「屋上、行かんか」 「え、」 「2人で話がしたい」 「………」 何を話すんだろうと考えて、やっぱ昨日のことなのかなって予想を立てた。出来れば予想を裏切ってほしいところだ。仁王くんからは、昨日のことを聞きたくない。なかったこととして処理してもらいたいくらいだ。 「わかった」 屋上へと歩き出す仁王くんの後に続いて階段を上って行く。屋上のドアを開ければ肌寒い風が肌をかすめた。もう春も終わり夏が来るっていうのに、朝の気温は秋みたい。秋の空気とはまた違うんだけど。夏はさっぱりな気がする。個人的感覚。 「昨日、」 「うん…」 やっぱり予想は的中して、昨日あった出来事についての話のようだ。予想が的中してラッキーなんていつもなら思うんだろうけど内容が内容だけにラッキーなんて思えないどころか寂しいと思った。聞きたくない。フェンスにもたれ掛りながら仁王くんが顔を下げる。 「呼び出し食らったって」 「うん、」 「大丈夫だったか?」 「ん、大丈夫だよ」 「嘘吐きは泥棒の始まりじゃ」 仁王くんの左手の甲が昨日叩かれた頬を優しく撫でた。低めの温度が優しく頬をすべるように撫でるのがくすぐったかった。 「こっち、だったか…平気か?」 「大丈夫」 「みょうじに何かあるまで気付けなかった、」 「………」 「なんて、かっこ悪いな」 「そんな、ことないよ」 「最低じゃな」 「昨日のこと仁王くんとは話したくない」 「…ごめんな」 かっこ悪くなんてない。もしかっこ悪くても、それでいいじゃん。私は仁王くんをかっこいいとか、かっこ悪いとかそういう理由で一緒にいるわけじゃない。これ以上聞きたくなくて、耳を塞ぎたいけど、それも出来なくて。耳が塞げないなら仁王くんの口を塞いでしまいたい。それすら叶わなくて結局下唇を噛むことしか出来なかったけど。謝ってほしいわけじゃない。そんな思いも顔もしてほしいわけじゃない。いつもはすっごく、テレパシー並に私の思考を読むのがうまいんだから今回も察してよ。もしかしてごめんって、私が聞きたくないのわかってて喋ってるから、って意味での謝罪? そっちの方が嬉しいよ。 「ごめん」 かしゃん、仁王くんの後ろに見えるフェンスが軋む音が先から聞こえる 「や、だ」 謝ってほしいなんて思ってない。昨日のことで仁王くんが責任を感じることなんてなくて、私からしたらそれは重荷になっちゃう。だから、これ以上の言葉はいらない。 だから、……… 急に、視界が動く。遠くに見えたフェンスがさっきよりも近くに見えた。仁王くんに抱きしめられていると気が付いたのはフェンスの距離感がさっきよりもなくなったと気付いた後だった。フェンスだけじゃなくて、私と仁王くんの距離感も縮まった。肩口に頭を預けた彼の肩に自分の頭が預けられた。もし仁王くんが背中を丸めるように、私に覆いかぶさるようにしてくれなかったら今頃息できてなかっただろうなあ、なんてどこかぼんやり思った。いやいやいや、そんなのん気なこと考えてる場合じゃなくて、なんで何故に私が、仁王くんに、だだだだ抱きしめられてるんですかああああ! 仁王くん、仁王くん、応答してください! さっきまで彼の目の前に立っていた私はピンピンしてたはずだから全然大丈夫なんだよ! 私を抱きしめちゃうくらいに動揺してたんですか?! ねえ仁王くんんんん! 口に出したかはわからない。自分の声が出てるのか出てないのかわからない。ただわかるのは、今自分の顔が真っ赤だってことだけだ。 目の前がぐらぐらして、頭の中がくらくらする。実際目の前にはフェンスがしっかり見えているし、頭の中もくらくらどころか活性化して色んなことを考えていたけど。表現するとぐるぐるでくらくらです! とにかく、一言表すなら、ぐちゃぐちゃ。 「そんなこと、言わんで」 「え…?あの、にお、く…」 なんなんだなんなんだなにが起こった。どうしていいかわからなくて、下唇をさっきよりも強く噛んだ。 「なあ」 「な、なに、なななにかな」 「離れてかんで」 「……え…」 「俺から、」 「にお、…く」 「昨日みたいな目に遭わせんから」 「………」 「俺が、みょうじと居たいんじゃ、」 「な、なんだ…そっか」 今度は、目の前がちかちかしそうな気がした。頬にあたる仁王くんの髪がくすぐったい。あ、口の中入りそう…! なんとか、仁王くんの腕から抜け出して、その場に座りこむ。なんだ、そっか。 「大丈夫って、言ったのに」 「みょうじ…?」 「てっきり、もう関わらないでほしいって言われるのかな、って思った…」 「………」 「お、おおお、驚かせないでよ、ほんと吃驚したんだよ」 「みょうじ、」 「私、誰かにどうこう言われて、友達から離れてくような素直な子じゃないよ」 「ん、」 「そういうのって他人に決めてもらうことじゃないと思う」 安心したからか、身体から力が抜けて涙腺の力まで抜けちゃって目の前が潤うように霞む。 「よかった…」 「仁王くん?」 「好きじゃ、…お前さんのそういうトコ」 ぎゅ、手が、握られる。優しく包まれるように握られて、また頭の中が真っ白になるように一瞬思考が停止して、活性化する。仁王くん、変だね、今日…そう思うのに口に出せなかった。自分の声が誰かに届くのは、考えてみればすごいことで、考えてみれば自分の声を自分に届けることは簡単で…そんな簡単なことすら出来なかった。ねえ、私の口は今動いてる? 何か、言葉を発した? ああ、下唇を噛んでるんだった、言葉なんて出せてないよ。 「うん、私も仁王くん好きだよ…?」 「バカじゃな」 「…な、…っ」 きれいに、口元に弧を描いて目を細め笑うから、一瞬何が起こったかわからなかった。わからなかった、っていうか…仁王くんが珍しく穏やかに笑うから、一瞬の出来事を忘れそうになった。今、一瞬だったけど、今…っ! 「これからもよろしくな」 固まる私をよそに余裕な顔してそう言い放つ彼に、顔に熱が集まった。私にはハードルが高いっつの! (本当に、彼は掴めない) 瞼にキス |