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・・・・・ 27・・ 必要とされない恐怖を知っている人、知らない人。いらないと、邪魔だと言われる痛みを知ってる人。自分は邪魔なものなんかじゃないと己を励ます孤独を知ってる人。――― 私はみんな知ってる。だから、他人の価値を決めるのが嫌い。自分の価値は自分と、自分が大切だと思える人に決めてもらうの。他人じゃない誰かに 精市くんの声が、塞いだ耳に入り込んでくる。私の名前を呼ぶ声と、ごめんねと謝る声。精市くんの声が聞こえたのは、彼が私の手を掴んで耳を塞げなくしてしまったから。目を塞ぎ真っ暗な頭の中に精市くんの声が落ちていく。 「ごめん、」 「せ、いち‥くん‥?」 「意地悪だったよね」 違うんだ。意地悪なんかじゃないよ。意地悪されたからこんなに拒絶してるんじゃない、混乱してるんじゃない、否定してるんじゃない。全然痛みが治まらないんだ。精市くんの言葉が、あの人たちの言葉と同じだったから、哀しかっただけなの。私は、あの人たちからも精市くんからも邪魔に思われてるのかもしれないって思ったら、限界点がきちゃったみたいに頭のなかがぐるぐる回転してるみたいに痛くなった。前に、精市くんにいらない、って言われて…それでも私を認めてもらいたくて、ちょっとだけ近づけたって思ってた。邪魔なんて言わないで、ちょっとだけなら近づいてもいいよって言って。 精市くんに、ここにいていいって認めてもらいたい。邪魔じゃないって言ってほしい。 「反省してる、ごめん。だめだね、俺…なまえさんにいつも意地悪ばっかり言っちゃって」 「い、らな…ちがうの」 そんな謝罪の言葉がほしいんじゃない。謝られても、邪魔だと思われてる不安は消えないんだよ。意地悪だっていい、誰かに意地悪されてもいいよ、だから、遠ざけないでよ。目を開けると目の前には悲しそうに笑う精市くんがいて、急に胸が痛くなる。そんな顔をさせたいわけでも謝ってもらいたいわけでもないの。 私、たぶんきっとまだ…… 精市くんの顔を見るのが辛くて痛い足を我慢して立ち上がる。目をあけたあとすぐに立ち上がったからなのか、目の前が白黒した。眩暈が起きる。携帯を取り出して、着信履歴から名前を探す。…跡部、ジロー、岳人……着信履歴にはこの3人の名前ばっかり並んでいた。 「あ、…」 誰に、電話かけようとしてるの? ――カツン。コンクリートの階段に、携帯が落ちる音と、ストラップのジャラジャラという音が響く。2段3段と階段を下った携帯に目をやることもなくただひたすら眩暈に耐えてた。私の携帯の中には、新しいものなんてないんだ。確かに、ここに私の居場所なんてないし。ここに、私を必要としてくれる人はいないんだね。急に現実を見たような気がする。確かに電話帳に入っているはずなのに、着信履歴にも発信履歴にも…受信履歴にも送信履歴にも表示されない名前。 「なまえさん、」 「じゃまじゃないっていって」 「え、?」 「ここにいていいっていって」 「…………」 さっきみたいに、階段に座り込んで目を塞ぐ。だって、岳人もジローも言ってくれた。私と一緒にいると楽しいって言って笑ってた。跡部だって、邪魔者なんかじゃないって言ってくれた。ここに来て私は誰かに一緒にいて楽しいって思ってもらえたのかな。誰かに近づけてたのかな。精市くんが遠ざかる音がする。階段を下りてく、音。 「ごめんね、私…」 動揺してる。ホームシックの一種かもしれないね。静かにそう言って謝って、心の中で行かないでって叫んでた。 「俺は、優しくないよ」 「…え…?」 「自分のことしか考えてないんだ」 「……………」 「俺が優しかったら、あの子たちに絡まれてる君をすぐに助けてたよ」 「うそつきだね、精市くんも」 「そうかもね」 精市くんが、階段に座る。精市くんの背中をじっと見つめてみる。精市くんは嘘吐きで意地悪だけどやっぱりちゃんと優しい人だと思う。本当に優しくなかったら、わざわざ電話なんてしながら階段のぼってきたりしないよ。ここは非常階段で、小さな声だって響いちゃうのにわざと声あげて話してたのだって、あの人たちに自分の存在を知らせるためでしょ? もしかしたら違うのかもしれないけど、そう解釈しておく。だってそう思った方が嬉しいから。彼にしたら迷惑かな。きっと迷惑そうな顔して「そういう仮説たてるのやめてくれる?」って言うんだろうな。 精市くんが立ち上がる。 「はい。じゃあ俺もう行くから」 「あ、私の携帯…!」 「うん、傷ついちゃったけどそれは俺のせいじゃないからね」 「わ、わかってるよ」 「ついでに俺は君を保健室まで運んだりしないから自力でどうぞ」 「…わざわざ言わなくていいのに」 「ああ、そうだ」 「ん?」 「ちゃんと、帰ってきてね」 差し出された携帯には、新しく幸村精市の文字が並んでいた。 (心配してくれるだけで) 充分です |