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・・・・・ 26・・ 非常階段に私と、それから目の前には女の子が数名。「みょうじさん、ちょっと来てくれる?」と一人の女の子に笑顔で話しかけられてのこのことついてきてしまった自分を後悔した。目の前にいるこの子たちは、私がここへ来た初日に話しかけてくれた派手目で可愛い子たち。転校初日のあのとき以来彼女たちとは話してなくて、今度はちゃんと友達になれるのかなあなんて期待してしまった自分がひどくむなしかった。この人たちは、跡部を侮辱して私を笑った子たちだったのに、なんの警戒心も持たないなんて私はバカか。バカですね。挙句の果てに人気のない非常階段に連れてこられちゃったし、なんか彼女たち怒ってるみたいだし。 彼女たちに怒るようなことはあったけど、彼女たちに怒られるようなことはしてないはずなのに(だってクラスが一緒ってだけで話たりしてなかったから) 「いきなりこんなとこ連れてきてごめんねぇ?」 「…いえ、」 「顔こわばってるけど大丈夫? トイレ行かせておいた方がよかったんじゃない?」 そこであはは、とあの時と同じ声で笑う。この笑いを私は嫌いだった。人を見下すようなあざ笑うような、突き刺さる笑い方。大嫌い、怖い、笑ってるけど笑ってないそれがすごく、私は嫌い。どうして私が彼女たちに笑われないといけないんだろう。理屈じゃわかってるのに、自分はだめな奴だと笑われているような気がして、自分の存在がすごく悪いものに思えてくる。笑い声だけで大げさなのかもしれないけど。 「つーかさ、本題に入るんだけどぉ」 「最近仁王くんと一緒にいすぎじゃない?」 「……え、?」 「あたしさ、この前見ちゃったんだけど、仁王にピアス買ってもらってたよねー?」 「あれは、私が買ってもらったんじゃな、…」 「え、なにそれ! 二人ってそういう関係?」 「あっはは、どうせ仁王の遊びだって」 「だよねーみょうじさんって、愛嬌ふりまいてるけどぜーんぜんって感じだし」 「ぶっちゃけ仁王君と釣り合ってないよね!」 「だから、仁王くんとはなんでもないですから」 彼女たちがどんどん話しを広げていく前に、私と仁王くんはそういう関係じゃないってことをはっきりさせなくちゃ。 「じゃあどうして二人で買い物してたんだよ」 ぎろり、アイラインが太く引かれた女の子ににらまれる。アイシャドウがキラキラ光ながら目はぎらぎらと私を見ていた(名前いまだに覚えてないや) 「あれは、丸井くんが…」 「はあ? なにそれ、仁王だけじゃなくて丸井にまで手ぇ出してんのかよ」 「うっわ、さいてー」 「つーかさ、みょうじさん最近調子乗ってね?」 「え……?」 「いきなりこっち来たと思ったら仁王や丸井たぶらかしてさ、何様?」 「跡部様と同類ってかー?」 「みょうじ様? あっははははは、ねーよ!」 「ここにいる奴らみんなお前のことなんて大嫌いだよ」 「(私だって、好きじゃない)」 「ぶっちゃけさあ、うざいんだけど」 「勝手にうちらの王子様とってかないでよねー」 「は、(取るも何もなんもないし…)」 「仁王はね、彼女作らないからそれならいい、ってうちらみんな我慢してんの」 「仁王君が優しいからって何勘違いしちゃってんだ、って感じ」 意味わかんない。 意味わかんない意味わかんない意味わかんない。何で私がそんなこと言われなくちゃいけないの。仁王くんは私の大切な友達なのにどうして一緒にいたらいけないの。何で他人にとやかく言われなきゃいけないの。 それに仁王くんは優しくないし、よく私のことからかうし意地悪だしこの前なんて耳たぶ爪でつねられたし! 仁王くんや丸井くんに甘えてる部分はそりゃあるけれど、だけど、どうして……氷帝に居たときはこんなこと言われなかった。笑われなかった。 ―――― どうして一緒じゃないの 「仁王たちから離れてよ」 「仁王たちと一緒にいられるからって、自分になにかあるとでも思ってるんでしょ」 「最低だよねー、仁王たちがもてるの知ってるくせにべたべたしちゃって」 「氷帝戻れよ、立海じゃあんた邪魔だし」 「あ! もしかして氷帝でも邪魔者だったんじゃない? 追い出されちゃったとかー?」 「あっは! そうかもね、こんななんもないやつどこも誰も必要としてねーよ!」 笑い声が非常階段に響く。大嫌い、嫌い嫌い大嫌いだ。 笑うな、言いたいはそれだけじゃないのに、言葉が出てこない。この子たちの言いたいことはわかった。だけどどうして私がここまで言われないといけないの? もうちょっと言い方ってもんがあるじゃないか。もっと、ちゃんと言ってくれればごめんねって謝ることもできたし、この人たちのことを応援することだってできたかもしれない。でも、ここまで侮辱され、笑われたら謝ることも応援することも絶対に私はしたくない。笑われる筋合いないもん。私のことをあんな風に言う権利もこの人たちにはない。 邪魔? 私、邪魔だった? 誰からも、なにからも、必要とされてなかった? 違う、違う、そんなの嘘。だってみんな、私と一緒に笑ってくれるもん。邪魔者なんかじゃない。邪魔じゃない邪魔じゃない邪魔じゃない―――必要とされるような人間じゃないけど、邪魔なんかじゃないよ。誰かにここにいていいよなんて言われてないけど、私がここいにいるって決めた。だから何処にも行かない。誰に何て言われたって関係ない、私がこの場所を必要としてるんだから、関係ない。この人たちは、間違ってる。うそつきだ。間違ってる。うそつき。間違ってるんだ。 目の前を塞ぐ子を押しのけて階段を降りようとしたら、「いったーい!」と大げさな声でその子が叫ぶ。その直後に何か言われたんだけど、聞こえなかった。ううん、聞こえたような気がするけど、覚えてない。この人たちの言葉を耳に入れることを私が拒絶した。 「うざい」 頬を叩かれたような気がした。痛いのに、痛くない。頬からの痛みが伝わってこない。頬なんかよりずっと、ずっと心の中の方が痛い。自分は邪魔なんだと言われることが、自分は邪魔じゃないと自分に言い聞かせることが、どれくらい痛いのか、心の中が傷ついていくのが、目の前に居る子たちにわかるのかな。 肩を押され、尻餅をつく。腰が段差にあたって痛かった。痛いよ、痛いよ、叩かれた頬も、突き刺された言葉も、強打した身体も痛いよ。 「もう、いいですか」 「はあ?」 「用件は済んだんでしょ? もう、みんなのところ、戻っていいですよね」 何もなかったように、立ち上がって彼女たちに向き直る。彼女たちはさっき以上に不機嫌な顔を向けてくる。 「なに言っちゃってんのこいつ」 「みんなって誰だっつーの」 「宮城じゃない?」 「あんな奴と一緒にいれるとかみょうじさんもアレだよね」 「あんま調子乗ってんなよ、邪魔者のくせに」 宮城さんは、あんな奴って言われるような人じゃない。ずっと前からここに居たこの子たちよりも宮城さんのことは知ってるつもり。私を中傷して、自己満足して、私が仁王くんから離れることがこの人たちの目的なのに。どうして宮城さんや跡部を引っ張り出してくるんだろう。そのことが何より悔しくて、言い返してやれない自分がすごく悲しかった。調子に乗ってたって言われたら実際そうなのかもしれない。自分では気づかなかったけど、きっと周りからそう見えていたんだ。私にそんな気がなかったとしても、彼女たちにはすごく…そう思えてたのかもしれない。 私が邪魔かどうかだって、あなたたちが決めることじゃないでしょう? そう確かに口にしたと思ったけど、実際声になってたかはわからない。 仁王くんや丸井くんと一緒にいる私は、確かに邪魔かもしれないけど。言っちゃいけないことってのはあるもんですよ。胸倉を掴まれて、挙句にすねを蹴られてしまった。おま、そこは弱点だろうが! 終いには階段に投げられるし。突き落とされなかっただけましだけど。また段差が…! 強打した腕が痛い。 「ああ、うん。そうだなあ…後は任せる」 「…行こ、」 「うん」 人の声が、下から聞こえて、彼女たちは慌てて上へのぼっていく。蹴られたすねが痛くって立てない。その場で膝を抱えると、腕にうっすら痣が出来ていた。痣って押すと痛いからいやなんだよね。ていうかこの場でうずくまってたら怪しいよね。男子生徒の声はどんどん近づいてくる。 「じゃあ、そういうことだから、後のことは頼む…じゃあね」 顔を見られまいと膝に顔をうずめる。ピッという操作音と、パチンという携帯を閉じる音と、それから彼の呼吸が聞こえる。 さっきの声、もしかして…精市くん…? 「なまえさん」 「……………」 「泣いてても顔はれててもいいから早く上げてくれる?」 「……(色々ひどい)」 少しだけ顔を膝から離すと、まあいいやと小さく呟く声が聞こえた。精市くんの声は静かだ。 「なまえさん」 「…………」 無言のまま顔を上げて、精市くんを視界に写すと、いきなりじょうろを投げつけられた。 「わっ…!?」 腕で防いだけど、防いだ場所が悪かった。ちょうど痣の出来ている方の腕だったから痛い。痣がじーんという痛みを生む。痛みに顔を歪める私のことなどお構いなしに、精市くんは私の目の前までやってきて、冷たく見下ろした。私の方が上の段にいるのにしゃがんだままなせいで精市くんの顔が随分と高くにある。 「俺、言ったよね…ちゃんと」 「…え、…」 「仁王には気を付けて、って」 「…………」 確かに、言った。精市くんはちゃんと忠告してくれてたよね。私、なにも気づかなかった。精市くんの言葉の意味を理解できていなかった。 仁王くん自身にじゃなくて、周りにって意味にさえ。 「丸井はさ、誰とでも仲良くするから特定の子がいない、っていうのかな…ファンの子もとやかく言わないんだ。あいつは誰とでも仲良くできるから、特定の子はいないって安心してる」 もしかしたら丸井にも意中の子がいるかもしれないけどね、そう言う精市くんはいまだに冷たい目で私を見ている。今すぐに逸らしたいのに縫い付けられたように精市くんから目が離せない。 彼は、今私をどんな気持ちで見てるんだろう。 私は、彼の目にどんな風に映ってるんだろう。 「仁王はそれほど人と付き合わないし、女子とも一緒にいる奴じゃないんだよ」 「…………」 「その仁王となまえさんは一緒にいる。仁王を好きな子からしたらなまえさんが特別に見えるんだよね」 仁王のファンの子からしたら面白くないよね、そう言って少しだけ笑った精市くんに肩が跳ねた。目が、冷たいまま。 「だからって、」 「なまえさんの気持ちも解らなくないけど、あの子たちには解ってもらえないよ」 「…………」 「そんなキレイゴトなんて」 「きれい、ごと…」 「奇麗事並べてさ、本当は彼女たちの言う通り、いい気になってたんじゃないの?」 「そんなこと、ない…わ、たしは…」 その先が言えない。そんなことない、自分でそう否定しておきながら、精市くんの言う通りいい気になっていた部分があったかもしれないと思ったから。そんなつもりなかったけれど、本当は心のどこかで優越感を覚えていたんじゃないか。自分の醜さに気付かないようにしてたんじゃないか、途端に不安になる。そんなことない、いい気になんてなってない……本当に? 「なまえさんってほんと泣き虫だね」 「…っ…、…」 精市くんが、じょうろを見ながら、「また意地悪しちゃったね」と小さくこぼす。なんとなく、違和感が晴れた気がした。 「ごめん、なさい…」 「ん?」 「精市くん、ちゃんと私に言ってくれたのに…気づかなかったの」 「…………」 「私、気づいたよ」 「……何に?」 「精市くんは、優しいね」 「は?」 「私と、学校で話さないのって、そういうことだったんだね…精市くんって人気者なんでしょ?」 口元が自然と三日月の形になる。私と学校で話さないのは、私のためだったんだ、って今やっと気づいたんだ。彼なりのやさしさだった。 「己惚れるのもいい加減にしてくれないかな」 「…え、…?」 「俺は自分のことしか考えてないよ」 「…………」 「変に噂されるのが嫌なだけ」 「…………」 「影で色々言われて困るのは俺じゃなくてなまえさんの方かもしれないけどね。本当に邪魔者になっちゃうね」 小さく笑った精市くんは、やっぱり、怖かった。わざとそうやって、自分を悪者にするんだ。邪魔者、精市くんが吐き出した単語が頭にこびり付いて離れない。 「邪魔じゃ、ない邪魔なんかじゃないよ。あの人たちは間違ってる、嘘だよ、私、邪魔者じゃないよ、あの人たちがいうことなんて嘘だもん、間違ってるんだよ、だって私、邪魔なんか、じゃ…ないん、だからっ!」 「なまえさん…?」 「邪魔なんて言わないでよ、わたしここにいていいんだよ、だってちゃんとだれかいてくれるもん。わたしといっしょにいてくれるひといるよじゃまなんかじゃないよどうしてみんなじゃまなんていうの、どうしてみんなそうやってひとをきずつけるの」 何も聞こえない。精市くんの声もきこえない。きこえないようにしてるの。耳を塞いで、膝に顔を埋めて何も見えない。誰か私にここにいていいよって、邪魔なんかじゃないよって言って。 (人の価値を決めるのが) 嫌いなの |