走る | ナノ
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・・・・・ 24・・

「宮城さんじゃないなら誰なんですか?」

彼女って、――言って仁王くんを見上げる。すると仁王くんは一瞬きょとんとした顔を見せてから悪戯をしかけた子供のように笑った。

「いないよ、彼女なんて」
「……え?…」

俺今フリーじゃもん、そう言って再びキラキラ光っているピアスたちに向き直る。“もん”、って…。仁王くんが言ってもあんま可愛くない。彼女いない発言に一気に脱力感を覚えた。なんだ、彼女いないのか。え、じゃあ誰にあげるんだろ? ジッと仁王くんを見つめてみる。どうやら真剣に選んでいるらしく、口元に手を置きながらピアスを睨んでいた。女の子に慣れてそうなのに、そんな一面が可愛くて思わず笑みが漏れる。
仁王くんにこんな表情させる人って、一体誰なんだろう? そんな私の思考を察したのか仁王くんはピアスを手に取って見ながら、「姉貴じゃよ」、とさも何でもないように呟いた。

「お、お姉さん…?」
「そ。今度誕生日なんじゃ。あんな偉そうでガサツな女でも一応姉だからの、たまには孝行しとかんとな」
「お姉さんいたんだ」
「おう。ケバイのが一人おるよ」

そう言って笑う仁王くんは、優しい表情をしていた。

「お姉さん思いなんだね、意外」
「意外とは心外じゃ」

横目で軽く睨まれる。憎まれ口を叩きながらも大切にしてるみたいで、ちょっとだけ仁王くんのお姉さんが羨ましくなった。私もお姉ちゃん欲しかったな。そういえば、精市くんもゆんちゃんのこと大切にしてるし。

「何笑っとんじゃ」
「わ、!」

くしゃくしゃと頭を撫でられた。乱された髪を直していると、仁王くんが「どっちが可愛い?」、と2つのピアスを差し出してきた。仁王くんが選んだものは、女の子が喜びそうな可愛いものだった。女の子のツボついてるよなぁ。こーゆーの選ぶの慣れてないとか言ってほんとは嘘なんじゃないだろうか。

「こっち、が私は可愛いな、って思う」

暫く仁王くんの手に置かれているピアスを見比べる。仁王くんのお姉さんがどんな人なのか知らないからとりあえず宮城さんを思い浮かべて、彼女に似合いそうな方を悩みに悩んで導き出した。どっちかっていったら私の趣味になってしまったかもしれない。私が選んだ方を手に、余ったほうを棚に戻すと仁王くんはさっさと会計の方へ向かっていく。

「ちょ、ちょちょちょっ! 仁王くん待ってストップ」
「……なんじゃ」
「あの、ほんとに私が選んだ方でいいの? 私の基準で選んじゃったし…お姉さんに似合うかわからないよ。あ、や、仁王くんのお姉さんならきっと美人だろうし何でも似合うとは思うけどね…!」

そこまで言うと、また仁王くんの手が頭に添えられる。今度はくしゃくしゃじゃなくて、頭の形に添うように撫でられる。何も言わないまま仁王くんは会計を済ませてしまった。

「姉貴がいらないって言った時はみょうじが貰ってな」
「えっ!」
「お前さんが選んだんじゃ、始末はみょうじに任せるよ」
「い、意地悪!」
「意地悪なんてした覚えないぜよ」

にやりと笑った仁王くんはやっぱり意地悪だ。

仁王くんと別れてから、ちょっと早歩きで家まで戻った。気が付けば辺りは真っ暗だ。それにもうすぐご飯の時間だ。ドアを開けて、帰った事を知らせて手を洗ってからキッチンへ入る。

「あらなまえちゃんお帰りなさい」
「遅かったねー」

歩弓さんがお玉片手に笑かけた横でゆんちゃんがポテチの袋を抱えながら「どこ行ってきたのー?」と訊いてきた。

「あ、と、友達とお買い物行ってきた…」

ぎこちなく答えて、何だか気まずくなった。何か忘れているような感じに似てて、なんか、なんか…気まずい。別にゆんちゃんが何かした、とか私が何かしでかしたってことはないのに。変なの。ぼーっとしていたら後ろから不意に声をかけられる。この家に男子は一人しかいないから精市くんってことになるんだけど。

「誰と?」
「精市くん…、」
「誰と買い物行ってきたの?」
「え、…に、仁王くん…」

小さく告げると、彼はふうんと呟いてまた部屋へ戻ってしまった。え、な、なに?
また、あの冷たい目で見られた。ゆんちゃんが 「何あれー? なまえちゃんが誰とデートしてこようと勝手じゃんねー」 とポテトチップスを頬張りながら言う。
でっ、デートって…! そんなんじゃないと否定する前に、後ろから歩弓さんが 「晩御飯の前に食べるのやめなさい!」 注意する声がする。ま、いっか。ゆんちゃんはそれっきり歩弓さんと会話を始めたのでこの話を深く追求する必要はないと思う。そこでハッとする。

「すみませんっ、て、手伝います!」
「あら、そんなに気にしなくていいのよ? もうすぐ出来るし」
「でもお世話になってるし」
「それより着替えてらっしゃいな」
「いや、でも…」
「いーんだってなまえちゃん! そんな気つかわなくたって。早く着替えといでよ」
「あんたはもう少しなまえちゃん見習って手伝いなさい」
「ほらほら、お母さん怒っちゃったよ! 早く行こ!」

ポテチを銜えたゆんちゃんにぐいぐいと背中を押され、結局キッチンを追い出されてしまった。

「なまえちゃんはさ気にしすぎだよね。っていうか他人行儀…」

苦笑いしながらゆんちゃんが言う。それからポテチを食べる?と差し出してきた。それを丁重に断りながら、着替えてくるね、と言い残して2階の自室へと向かった。

他人行儀…ゆんちゃんに言われたことを何度か頭の中で繰り返してみる。そりゃ、気だってつかうよ。―― 前に、精市くんに「家族面してるのがむかつく」とか「虫唾が走る」とか言われちゃってるんだもん。踏み込んでいい場所の境界が分からない。はぁ、と溜息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

着替えを済ませて下に降りていくとちょうど歩弓さんがテーブルにおかずを並べ終わったところだった。ご飯くらいは、とお茶碗とお盆を持ってキッチンへと入る。

「お母さーん、私お腹いっぱいになっちゃったよー」
「あらそう? じゃあ明日の朝食もなしね」
「えー!」
「えー、じゃないでしょ。そんなお菓子ばっか食べてる子にはご飯抜きですぅー」

歩弓さんとゆんちゃんのやり取りを耳に流しながらご飯を4人分お茶碗によそる。


(ちょっと淋しい、かな)
家族団欒