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・・・・・ 16・・ 火曜日、昨日の事もあって教室に入りづらい。 跡部の言葉を思い出して勇気を出して教室に入ってみる。頑張れと跡部の声が聞こえたような気がした。もちろんそれは幻聴であって私のたんなる願望でしかないのだが。教室に入ると数人の女子達が一つの机を囲むようにして談笑していた。氷帝にいた頃は私もあんな感じだったのに…つい、氷帝の頃と比べてしまう。そんなんじゃいつまでたっても立海に馴染めるはずないのに。一つ呼吸を置いて「おはよう」と声をかける、出来るだけの笑顔で。 「あ、みょうじさんおはよー」 笑いながら返事をしてくれた。その事が凄く嬉しくて体が浮いているんじゃないかってくらいに体が軽くなった。体が、というより心が軽くなったのだけれど。 「昨日大丈夫だった?」、「こっちおいでよ」、なんて声を掛けられて私の頬の筋肉はみるみる解れていく。自分の鞄を机に置いてその子達の所に行く。友達が増えた。 それからHRが始まるまで談笑。昨日と違って私を見下すような話はなくて、普通に話してくれた。昨日のグループの子達ともこうやって普通に話すことが出来たらいいのに。密かにそう思った。 席に着くとまだ丸井くんはきてないみたいでなんだか寂しかった。チャイムと重なって「またあとでな、ジャッカル!」という丸井くんのちょっと慌てた声が耳に届いた。 「おはよー」 「はよっ!」 熱そうにシャツをばたばたさせた丸井くんが笑顔であいさつを返してくれる。あ、そういえば後ろの席の仁王くんがいない。 「そうそう、みょうじ! 今日はちゃんと女子取締りがきてっから」 「じょ、女子取り締まり…?」 え、なにそれ。困惑の表情で丸井くんを見ても笑って返されるだけだった。女子取締りって何ー?! 女子取締り、という人…? 人なのか? 人だよね? よくわからないけれど、その人の事を考えてる内にいつの間にかお昼休みの合図。 「みょうじ、一緒に食堂行こうぜ」 「え、いいの? 一緒で…」 「いーっていーって。紹介したい奴もいるし」 「紹介したい人?」 紹介したい人というのは“女子取締り役”の事でしょうか? (あれ、仁王くん来てたんだ) 机に突っ伏している彼にいつきたんだろうと疑問を持ったが、自分の周りへの配慮が足りないんだなということで考えるのをやめた。私ってほんと自分のことばっかだなー。 「おい仁王 起きろよ」 バシバシと容赦のない平手が仁王君の頭に叩きこまれる。ちょ、ちょ、丸井くん! 焦る私をよそに丸井くんの暴行はエスカレートしていく。中々起きない仁王くんに痺れをきらしたのかついにはグーパンチがくり出てしまった。起きる前に永眠しちゃいそうなんですけど! そろそろ止めさせよう! 仁王くんが危ない! 呆気にとられていた私だが仁王くんの命の危機に気付き丸井くんに声を掛ける、前に仁王くんが起き上がった。 起きた! 仁王くんが起きたー! 「……眠い」 「寝ぼけてんじゃねーぞ、購買行くぞ」 「みょうじと2人で行けばええじゃろ」 「な、なんか、ごめんね…!」 どうやら仁王くんは寝起きが悪いらしい。低血圧だろうか。そして彼は眠いらしい。さぞ幸せな夢をみていたのだろう。悪い事をしてしまった。謝ると仁王くんはちょっとびっくりしたように目を見開いて「いや、覚醒するわ」、とだるそうに立ち上がる。丸井くんは「よし」と頷いてから笑って「じゃあ食堂で!」と言って一目散に教室を飛び出した。 えええええええー! 一緒に行くって言ったのに! 「これで食堂の席は確保できたな」 ニヤリと笑った仁王くんに、そういうことかと納得。 「じゃあ俺達も行くか」 「うん」 「あー、お前さんカレーとうどんとパンどれがいい」 「え? どれって…パン、かな」 「おし、何パン?」 「え、何があるのか知らないけど…クリームパンが好きです」 「了解」 「え?」 了解と言った仁王くんが携帯を耳に宛てる。え、何? え、えええ? 「クリームパンとコロッケパンとあんぱんと―――」 * * 学食* 「おー、いたいた」 仁王くんが丸井くんを見つけたようで手を振っている。が、私には一向に丸井くんの目立つ赤が見えない。 「……どこ?」 大勢の中から丸井くんを見つけ出した仁王くんが先を進む。行列を横切った先にようやく丸井くんを見つけた。 「席取っといてやったぜぃ」 「ごくろーさん」 「それからパンもな」 二カッと笑いながら仁王くんに先ほど電話で頼まれたパン達を広げる丸井くんに、偉い偉いと仁王くんが頭を撫でた。丸井くんは 「気色悪ぃ!触んな変態!」、と その手を乱暴に振り払う。仁王くんは楽しそうに笑っていた。 「みょうじ、コイツが紹介してーっていう奴な」 コイツ呼ばわりされた人を見る。こ、黒人さん…!紹介したい人って外国の方ですか。交換留学生とか、かな? あ、もしかして女子取締役ってこの人なんじゃ…? 「あ、ま、マイネームイズ、みょうじなまえです」 「お、おう、よ…よろしく。ジャッカルって、呼んでくれ」 流暢な日本語に驚きだ。に、日本語うまくね? 「…日本語お上手ですね…」 「や、日本語で育ったから…」 「つーか最後のです、ってなんだよ!日本語まじってんじゃん」 「しかも棒読みな」 かーっと赤くなる私に丸井くんと仁王くんの攻撃が更に強くなった。そんな光景を見かねてジャッカルくんが助け舟を出してくれた。 「まあいいじゃねえか。ほら、みょうじ座れよ」 「お邪魔します…」 暫く丸井くんと仁王くんの笑い声がその場に響いていた。ジャッカルくんが溜息を吐きながら「ワリィな」と謝ってくれた。 「あ、あの! 女子取締り役ってジャッカルくん?」 「……は?」 「ジャッカルなんかが女子を取り締まれるわけなか」 丸井くんの笑い声が一層強くなった。う、なんか悔しい。 「笑いすぎだと思う…」 「あれは笑いすぎじゃな」 「ちょっとひでーよな」 「……………」 「これブン太のデザートだけど、お詫びに食っていいぜ」 「え、いいの?…いやいやダメだよ」 「おう、食ったれ食ったれ」 「ブン太が悪いんだから」 「そうそうブンちゃんのせいナリ」 「えぇー…」 (俺のプリンがない!) 報いです |