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・・・・・ 12・・ 教室を出たところでパンを抱えた丸井くんとすれ違った。教室から響く笑い声が一層高くなった気がした。 あれーみょうじさん? どこ行くのー? あ、トイレー? さっきの女の子達の声が背中に突き刺さるみたいだ。笑い声は大好き。でもこういう笑いは嫌い。人を傷つける笑いだ。人にこんな風に笑われたのは初めてだった。 無我夢中に走ってたどり着いたのが屋上だった。道のりまで覚えてないけど、なんか走ってる内に屋上へと出てしまったのだ。外に出たかったからちょうどよかった。風を感じたかった。顔の熱を風が冷ましてくれるから。 見下された、馬鹿にされた。何もいい返せない自分が情けないよ。制服のことだ、たったそれだけ。でも、氷帝を馬鹿にされた。私自身を見下された。悔しい、のに何も言えなかったし。氷帝を褒めたつもりで貶してくるあの人達に対して私が反抗できるわけない。逃げてしまった。 そんなに私を何かの的にしたかったのか。暇つぶしにしたかったのか。跡部の噂がなんだ。そんなのでっちあげだ。嘘だもん。跡部はあの人達が思ってるような軽い奴じゃない。本当の跡部をあの人達は知らない。紹介なんて誰がするか。跡部に失礼だ。誰が、紹介なんてしてやるもんか。跡部が相手にするわけない。氷帝を馬鹿にしたあの子達にうちの学校のキングを好きなんて言わせない。 そこでハッとした。うちの学校、って…違うじゃん。 少しだけ、頭が冷えた気がした。ムキになり過ぎだよ。 「お友達作りはむずかしいや…」 溜息と一緒に一言漏らしてポケットに入れていた携帯を取り出す。チャイムが鳴る。ああ、授業始まったんだ。転校初日からさぼるなんて何してんだろう私。めっちゃ不良じゃん。まあ今日くらいいっか。ここまで授業を受けてみたけどちょっとだけ氷帝の方が進んでいるみたいだ。これなら今日帰って予習すればどうってことない。 あー、もう。テトリスでもやるかな。そう思って携帯を操作しようとした指を、止めた。―― あれ、メール来てる。 沈んでいた気分がちょっと浮かんだ。これでメールがメルマガだったりしたら凹むなあ。メール画面を開いてみると跡部だった。すっごい意外。メールとか珍しいな。 本文には一言『大丈夫か』って、空気読めてるんだか読めてないんだかよくわからない内容に笑ってしまった。大丈夫か、って。何だか跡部にはみんなお見通しみたいで癪だな。そのままぼんやりと携帯を操作して、通話ボタンを押してから慌てて電源ボタンを連打した。な、なに跡部に電話しようとしてんの私! 授業中だっての! しかも跡部とか。岳人もジローも何でメールの1つもよこしてくれないの。なんで跡部なのよー。別に跡部でもいいけど。嬉しいけど。盛大に、今日何度目かわからない溜息を吐いた。精市くんとはケンカするし意地悪されるし馬鹿にされるしもう疲れたよー。 今日は帰って早めに寝たい。コンクリートの上に寝転がる。空がー青いよー。雲がーなくて眩しいよー。このまま寝たいよー、ねむーいー。目を瞑ると隣に置いてあった携帯がタイミングよく振動した。どうやら電話らしい。相手を確認することもなく(おそらく跡部だろう)通話ボタンを慌てて押す。 「はははは、はい!」 『……オイ』 「跡部、さまっ!」 『ワン切りとはいい度胸じゃねーかアーン?』 「いや、ごめん事故! あれ事故!」 『電話代も払えなくなってんのかお前は』 「だから事故だってんでしょ!」 いつも通りの跡部との会話のテンポに自然と頬が緩んだ。たった数日話してなかっただけなのにすごく懐かしく感じる。寂しいなあ。…なんて。私依存しすぎだよ。 『…今 授業中だろ、初日そうそう何サボってんだよ』 「ごめんなさい…」 『…で、何があった?』 跡部が溜息を吐いたのが聞こえた。ゔ。ていうか跡部も授業中のはずじゃ…? さてはまた生徒会長権限でサボってるな。あーゆーの職権乱用っていうんだよね。 「何も、ないよ」 『何も無くてお前が電話なんかしてくるかよ』 「言いたくないもん」 『じゃあ何で電話なんか……ったく、いいか、言わなきゃわかんねー事だってあるんだからな』 「(今さりげなく、ちっ、て舌打ちした)」 『長い付き合いでも今側に居るわけじゃねーんだよ』 わかってんのか?って確認されて言葉に詰る。お前に何があったかまで今は把握できねえんだよ、と呆れたようなでも優しい跡部の声が耳に入ってくる。それだけでまたじわりと目の裏が熱くなった。 「…あとべ?」 『…なんだよ』 「私ね、氷帝が好き」 『…そうかよ』 「私、氷帝がいい…」 『なまえ、』 「氷帝に戻りたいよ」 『なまえ、何があった』 「何もないってば」 『泣いてんのか?』 「泣いてないよバカじゃないの」 跡部の声を聴いて、跡部がいつもより優しいからつい弱音っていうか本音を打ち明けてしまった。くそう。ちくしょう。言ってから後悔した。私何してんのマジで何してんの。なんで跡部に言ってるの。跡部が問題じゃない。何でそんなこと言ってんだ。決めたのにね、日本に残りたいから決意しますとか言っといてこれだよ。弱い。これじゃただのガキだ。 『軽口だけは減らねえのな』 「…もう、立海いやだよ」 『まだ、初日だろ』 「でも、っ」 『なまえ、大丈夫だから』 「なにが、?」 『頑張ってみろ、甘えてんじゃねえ』 「…、…うん」 『この俺様が言ってんだ、お前はへらへら笑っとけばいーんだよ』 「ぷっ、なにそれ!」 (本音の引出しを開ける) 甘えてる |