走る | ナノ
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・・・・・ 9・・

朝ご飯もそこそこに精市くんは朝練のためにと足早に学校へと行ってしまった。学校までの道がわからない。精市くんに着いて行こうと考えていたのだが、さっきの出来事で得策でない事に気付いた。悠ちゃんに学校まで案内して欲しいと頼めば快く頷いてくれた。笑顔が歩弓さんに似ていると思った。
家からちょっと歩いた先に先日見つけた公園があった。あの時は、少し精市くんと仲良くなれたと思って嬉しくなったのに。今では寂しさしか湧いてこない。

「さっきね、ちょっときいちゃったんだけど…お兄ちゃんがひどいこと言ってごめんね!」
「え、ううん! 私の方こそ…生意気に、」
「お兄ちゃんもね、悪気があったわけじゃないの」
「…そう、だね…」

本当に心配そうな顔をする悠ちゃんに私はこれ以上のことを言えなくなる。これ以上精市くんの事を考えていると、思わず悠ちゃんにキツイことを言ってしまいそうで早く話題を逸らしたかった。それは向こうも同じみたいで思いついたように「そうだ!」 と笑顔を咲かせた。

「わたしの名前って男の子みたいだと思いませんか?」
「あ、実は名前だけ聞いた時男の子だと思ってた…」
「漢字も男の子っぽいしさー」
「でも悠ちゃんの名前素敵だよ」
「ありがと! あのね、だから、あの…わたしの事はゆんって呼んで欲しいの!」
「ゆん、ちゃん?」
「響きが可愛いし!」

可愛いと言って笑った悠ちゃん(ゆんちゃん か)の笑顔の方が可愛いと思うんだけど。

「ゆんちゃん、ね」

一度呼んで笑って見せれば嬉しそうに頷いた。その拍子に茶色い髪の毛が揺れる。色素の薄い髪の毛は精市くんのそれとはまた逆でどこか切なかった。あんな事を言われた後だけど、彼と仲良くしたい気持ちがなくなったわけじゃない。誤解を解いて、もっと仲良くなりたい。精市くんの事をもっと知りたい。何も知らないくせに言い返した私にも非はあるんだ。
電車に乗って、駅を出て、それから…回りの景色を忘れないように頭に焼き付ける。帰りは一人かもしれないし、迷子になっては厄介だ。この歳で迷子もどうだ。方向音痴には不本意ながら自信があった。

「あそこを曲がった所に職員室があるから…」
「うん!ありがとう。ここまででいいよ」
「ほんとに?着いて行かなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ」

じゃあね、と手を振って職員室に向かう。既に登校している生徒達からの視線が痛かった。…先に購買行って来ようかな? あ、でも場所知らない。まあいいか、と思い直し「失礼します」と挨拶をして職員室に入る。一人の先生に話しかければ、話は聞いてると言って担任の先生の元に案内してくれた。それから、すぐに教室へ向かう。教室に入ればざわついていた教室が更に騒がしくなった。制服や氷帝のこともちらほら耳に入ってきた。あ、やっぱり目立つよね。(ちなみに3B)

自己紹介をして、拍手をされ、先生が席を指定する。丸井と呼ばれて、「はーい」 と手を挙げて返事をしたのは赤い髪をした男の子だった。席に着くと早速声を掛けられた。わ、緊張する…!

「よう」
「初めまして、えっと、丸井…くん?」
「俺 丸井ブン太、シクヨロ」

“シクヨロ”…頭の中で何回か繰り返す。結構古い言い回しだな。シクヨロって…。

「こちらこそ、よろしく」

んー、と聞いているのか聞いていないのかとにかく空返事の丸井くん。まあ、いっか。何がいいのかわからないけど。気にしないことにしよう。…そう思った瞬間、「その制服ってさあ」と話題を振られた。

「氷帝のじゃん。氷帝からきたの?」
「うん。まだ制服なくて…」
「そか。氷帝って金持ち学校ってイメージあるんだけど、どう?」
「そんな事ないよー。生徒会長はお坊ちゃまだけど…」
「あー、跡部だろい。あいつすげーよな。超目立ってんもん」
「…? あ、うん。え、知ってるの?」
「知ってるっていうか…。アイツ、テニス界じゃ結構有名だからよ」
「テニ…あ、あぁー!」

思わず叫んだ私にクラス中の視線が集まった。丸井くんも目を見開いて驚いていた。

「どうしたー、みょうじ」
「す、すみません!きょ、教科書まだなくて…」

適当に嘘を吐きながら笑って誤魔化す。あは、あはははは。

「なーんだ、吃驚させんなよい。俺が見してやるって」
「ありがとう…!ってそうじゃなくて、」
「……?」

周りの子がくすくす笑っているのが聞こえた。
どうしてすぐに気付かなかったんだ。彼は、丸井ブン太、じゃないか。ジローが騒いでいた丸井くんじゃないか。わ、え、嘘! ホンモノ?!


「まままま丸井くん!」

小声で丸井くんを呼ぶと「はい、教科書」 と机をがたんと合わせて中央に教科書を広げた。ち、ちがくって! ありがたいんんだけどそうじゃなくて!

「芥川滋郎って、知ってる?」
「芥川…? あ、そっかアイツも氷帝だっけ。なんかすげー」
「丸井くんもテニス部なんでしょ?」
「ああ、まあな。何で知ってんの?」
「ジローが、よく話してくれたから。すごいテニスが上手いって」
「へー、みょうじってテニス部と面識あんだ」
「うん、ジローと、岳人が幼馴染で…」
「岳人…ってーと、あのちっこいおかっぱ?」
「う、うん(岳人聞いたら怒るだろうなー)」

思い出しながら丸井くんに語りかけると、楽しそうに「そっか」と答えてくれた。

「だからね、どんな人かなって思ってて…会えて嬉しいっ!」
「えー、なんか運命っぽい」
「あははっ」


(こんな事ってあるんだ)
凄いです