ツムツム王者 | ナノ
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忍足に隣からああだこうだと言われながら携帯のアプリでいつものように遊んでいると「ちょっとええ?」と声がかかる。その声にゲームを一時中断して目線をあげれば、声の主は忍足に向かって話しかけているようだった。
忍足に、知らない女子の、お客さん。恥じらいを含んだ目で忍足を見ている女子に胸がざわつきはじめる。
忍足に、どのような、ご用事が…?
携帯をいじっている振りをしながら二人を見守る。
忍足を盗み見ると、面食らったような顔をしていた。忍足も知らない人だったようで「誰ですか?」と訊いていた。それに隣のクラスの、と答える女子。
隣のクラスの女子がうちのクラスの忍足に何の用ですかね?と出ていきたいところだが、生憎と忍足の彼女でも何でもない自分には口出しする権利もないので、指をくわえて見守ることしかできない。

目の前の女子のこの様子…まさか、と嫌な予感が胸を過る。忍足から女子を遠ざけるために暗躍していた私の甲斐あって、忍足との距離が最も近いのは私だと思っていたのに。油断していた。まさか私の目の届かない内にいつの間にやら隣のクラスの女子をも魅了していたなんて、忍足のやつ…。女子の誘いに首を傾げながら付いていく忍足を、羽交い締めにしてでも引き留めたいところなのだが、自分にはその資格がないと分かっているので黙って二人の背中を見送った。


「マジかー、あの雰囲気、あれじゃん!絶対告白じゃん…!」

携帯を机の上に放り頭を抱える。さっきの女子わりと可愛かったよね、うっかり忍足ときめいちゃったりして付き合うことになっちゃったりしないよね。気になる、とても。二人の跡を付けようか。二人が出て行った扉の方を睨む。
いや、ダメだろう。私にそんな権利はない。
こんなことなら今の距離感を壊したくないしと二人の関係に胡坐をかいていないで告白のひとつでもしておけばよかったと激しく後悔する。いやでもしかし忍足に振られでもしたら…。メンタルが死にそうだったので考えるのをやめた。

「あー、早く帰ってきて忍足…!」
「なんや謙也のヤツ留守かいな」

両手を組んで祈っていたら白石が目の前に立っていた。

「忍足なら可愛い女子に連れられて出て行きましたけど」
「名字、顔がえらいことになってんで」

苦笑いしながら指摘してくる白石に当たり前でしょ!と返す。えらいことになったんだよ!これからもっとどえらいことになるかもしれないんだよ!

「あれは絶対告白よ…女子が男子を呼び出す理由なんて他にないわ」
「いやあるやろ」
「でもあの雰囲気は告白で間違いない。あの子の顔は恋する乙女そのものだった」

「今の名字は恋する乙女っちゅーかサボテンやな」
「白石、うるさい」
「刺々しとる」

肘をついて組んだ両手に額をつけて溜息を吐く。白石がそんな私を見て「難儀やなあ」とのんきな一言をくれてきた。

「白石もさ、もうちょっとしっかりしてよね!」
「え、俺?」
「私以外の全女子を誘惑しててくれないと困るじゃない!」
「無茶言うなあ自分」

忍足の周りに女子を寄せ付けないようにその整った顔で女子を悩殺しててくれないと私が忍足を独占できないじゃない。白石が苦笑しながら「こら重症や」と呟いた。自分がとんでもない、無理難題を言っていることは充分解っていた。ただの八つ当たりだ。

「そんなピリピリせんでも大丈夫やろ」
「大丈夫じゃないかもしれないでしょ」
「まあまあ」

私を宥めるように落ち着きやと頭を撫でてくる白石の手を払いのける。

「触らないで、私に触っていいのは忍足だけだからね」
「えぇぇ…」

払われた手を抱きながら眉を下げ顔を痙攣らせている白石が私を見ている。引き…という文字が顔に書かれている気がしないでもない。心外だ。

「まあそんなことより、これ見てや」

そう言って白石が携帯を手渡してくる。何だ?と画面を見れば先ほど私が開いていたアプリと同じ画面が映っていた。

「ど?すごない?」

キラキラとした笑顔を覗かせる白石。そんなことより、と切り替えられた話題がどうやらこのアプリのことらしい。これこそそんなことじゃないのか?

「謙也に自慢しにきたんやけどなぁ」

画面にはハイスコアの文字が出ている。自分の携帯で白石が開いているのと同じアプリを立ち上げ、ゲーム内の順位を見てみると、先ほどまでは一位が忍足で二位が私だったはずなのに白石に順位を抜かされていた。自分の順位が上だと解ると白石がドヤ顔で「すごいやろ」と訊いてくる。

「はいはいすごいすごい」
「ちょ、もうちょっと感情込めてや」
「はいはいブロックブロック」
「なんでやねん!」
「白石をブロックしてやれば私のランキングから消えるから」

ゲームと連携している通話アプリを開いて白石の名前を探していると白石に携帯を奪われてしまった。そういえば忍足ともこんなやりとをした気がする。

「うわ、ほんまにブロックしようとしてるわ」

マジかこいつとでもいうように顔を顰める白石。男前が台無しよ。ていうか人の携帯勝手に見ないでよね、なんて思いつつ渡されたままの白石の携帯を私もいじりだす。勝手に通話アプリを開くわけでもなく、画面に映し出されているゲーム画面から自分の名前を探し出してハートマークをタップすると、白石の手に握られている自分の携帯からメールの受信音が鳴った。

「ん?謙也のことお気に入りに設定してるん?…どんだけ好きやねん」
「な、ちがっ!それは忍足が勝手に…!」

あからさまやなあとニヤニヤした笑みを向けてくる白石に、顔が熱くなってしまう。
前に忍足を冗談でブロックしようとしたら、忍足の手によってお気に入りに設定されてしまったのだった。自分がちょっと特別なような気がしてしまって、自分でそれを解除することができなかった。

忍足に片思いしていることは、このクラス内ではほとんどの人におそらくバレている。というか周りの女子に釘を刺す意味で特に隠してもいなかった。なので白石に私が忍足を好きなことはバレバレなのだが、こんな風にからかわれるのは恥ずかしい。

「ほーん、謙也がなぁ」
「もういいでしょ携帯返してよ!」
「俺のこともお気に入りしとこ」
「やめてー!」

白石の手から携帯を引ったくり、代わりに白石の携帯を返す。
画面を確認すると、忍足だけだったお気に入りのカテゴリに白石の名前が追加されていた。

「いらんいらん!お気に入り違う!」
「うわ、秒殺やん…ひっど」

ぱぱぱっと携帯をいじりお気に入りから白石を排除する。白石のことは簡単に解除することができた。忍足のことは名前をタップするだけでも勇気がいるのに。

「なんや心配いらなそうやん」
「……そうかなぁ」
「自分ら結構ええ雰囲気やと思うけどな」
「えっ、ほ、ほんとに!?」

お熱いなあと続けられた白石の言葉に口元が綻んでしまう。白石の目から見てもそんな感じならもしかしたら…なんて希望が出てきてついつい明るい妄想をしてしまう。誰かに忍足を取られてしまう前に行動を起こした方がいいかもしれないな。いやでも万が一振られてしまったら……メンタルが死ぬかもしれないので本日2度目の思考停止を発動する。

「…白石」
「おぉ、謙也」
「あ、忍足おかえりー」

女子と共に出て行った忍足が戻ってきた。先ほど一緒だった女子が一緒じゃないことに少しだけホッとしながら声をかける。が、忍足からの返答はなかった。それどころかこちらを見向きもしない。あれ、なんか不機嫌?
気付かなかっただけかな。もう一度声をかけようか悩んでいたら、忍足がとんと白石の胸元の封筒のようなものを押し付けた。
白石が不思議そうな顔でそれを手に取り確認している。

「お前にやって」

そう言って睨むように白石を見ながら忍足が、桜色をした封筒を顎で指した。目の前で行われている二人のやりとりを盗み聞く。どうやら封筒の送り主は先ほど忍足を呼びに来た女子からのものらしい。白石宛の手紙を直接渡せないから忍足に託したということか。女子の目的が忍足ではなかったことに安堵する。なあんだ、そっかあよかった。なんてひっそりほくそえんでいたら忍足が席に着いた。
忍足を呼ぶが返事がない。さっきは聞こえなかったのかもと思ったけど、この距離で聞こえないわけはないしやっぱり無視されているということだろうか。落ち着いた心が再び騒ぎ出す。
白石が席を離れたのを確認してから忍足が息を大きく吐き出した。やっぱりピリピリしている。そのまま忍足は机で寝る体制を取ってしまった。まるで透明人間のように、空気のように、扱われるのがつらい。私はここにいるのに。

「忍足」

三度目の呼びかけでようやく忍足が私を視界に入れてくれた。少しだけほっとする。ちょっと拗ねているような表情をしていた。


「忍足への告白だと思ったら白石宛てだったんだね」

自分宛だと思ったら白石でしたってオチに不貞腐れているのかもしれない。そうだよね、あの雰囲気はまさにこれから告白されますって感じだったもんねえ。そりゃあ不機嫌にもなるよねえ。でも本当に告白じゃなくてよかったな。
ついつい嬉しくなってしまって、からかうように忍足の頬をつつく。


「あんま拗ねないでよー」

しゃあない慰めてやるかな。なんてどこか上から目線で笑っていたら、忍足の頬をつついていた手を払われてしまった。まるで邪魔だと言うように。え、と固まる私に追い打ちをかけるように忍足から発せられる言葉に凍り付いた。


「触んな」

見たことないくらいの、不快感でいっぱいの目が私を射貫いた。忍足にこんな顔をさせたのは、あの女子なのか、私なのか。
はっきりとした拒絶にどうしていいか解らなくなる。忍足にこんな風に突き放されたのは初めてだった。
ふざけすぎた。忍足を傷つけた。自惚れてしまっていた。自分なら大丈夫だとなんの確信もないのに信じてしまった。
鼻の奥がツンとして、口を少し開けば唇が震えた。いつものようにスラスラと言葉が出てこない。

「ごめん」

どうにか声を絞り出して、そのまま逃げるように教室を飛び出した。




3話の夢主視点でした