ツムツム王者 | ナノ
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「なんでやねん…」



自分の手の中のそれを恨めしく思いながら見つめ、大袈裟に溜息を吐き出した。遡ること20分前。





隣のクラスだという女子に「ちょっとええ?」と呼び出され、首を傾げながらその女子の後ろをついていくと人気のない階段の踊り場で足が止まった。女子の背を見ながらとある妄想をしてしまう。教室に入ってきた女子はどこかそわそわしていて、目は控えめに伏せられていた。ま、まさかな、そう思いながら女子の背を見つめていれば、ゆっくりと女子が振り返る。彼女の表情を見ていよいよ俺の心臓は加速しだしてしまった。もじもじと手を後ろにしながら、目を未だに伏せている彼女を前に俺の体がピシリと固まる。
やっぱり、これは……彼女の赤く染まった頬を見て確信する。
間違いない、告白や。

膝をすり合わせる目の前の女子が発する言葉を待ちながら俺は葛藤した。どないしよ…俺にはすでに名字という奴が…!いやまだ付き合ってるわけやないけども!何彼氏面しそうになっとんねん!

目の前の女子がきゅっと目を瞑り、つられて俺の身体も更に力が入ってしまう。目の前の女子は更に顔を赤くする。途端に恥ずかしくなってしまい自分の頬が熱を持ち始め、ダラダラと脂汗が流れ出す。何で俺はこんなに焦ってんねん。何て返せば相手を傷つけないかなんて考えるだけ無駄だろう。俺には好きな子がすでにいて、彼女に応えることなど出来ないのだから。正直に好きな子がいますごめんなさいって謝るしかないやろ。何を揺れてんねんアホかしっかりしろ忍足謙也!


「あのっ」
「は、はいっ!」

意を決したように彼女が前のめりになりながら声を発する。返す声が裏返ってしまった。めちゃ恥ずかしい奴やん。

「こ、これ…!」

これ、そう彼女が後ろでもじもじしていた両手を突き出してくる。その手にはレース模様のついた桜色の封筒が握られていた。受け取れということだろうか。彼女の手が震えている。受け取る自分の手も彼女と同じかそれ以上に震えてしまう。
封筒を受け取った俺に、彼女がほっと息を吐く。封筒が離れたその両手を握り彼女が未だ赤い顔で口を開いた。

「白石くんに渡してもらえるやろか?」
「………はい?」

用意していた断りの文句が吹っ飛び、頭が一瞬の内に真っ白になる。ん?なんて?今なんて言うた?聞き間違いでなければ白石って聞こえたんやけど。

「待ってるからって伝えてや!」

お願いね!それじゃ!と彼女はまるで逃げるようにその場を去ってしまった。取り残された俺は頭が付いていかず、しばらくその場から動けなかった。そして冒頭へ至るというわけだった。


もう一度手の中にある封筒を見る。ようは白石宛のラブレターっちゅうことやん。なんでやねん、自分で渡したらええやん。辛い、こんな仕打ち辛すぎる。泣きたくなってくる。
もしかして自分への、なんて勘違いをしてしまった自分が恥ずかしい。このまま消えてしまいたい気持ちになってきて、紛らわしいことをしてくれた女子を恨めしく思った。
がくりと肩を落としながら教室に入る。白石を探すとその姿はすぐに見つかった。俺の席で楽しそうに笑っている白石の前には、顔を赤くし照れた表情で白石を見つめる名字がいた。先ほどの女子の顔が浮かび、思わず息を呑んでしまう。
途端に先ほどドキドキしたものとは比べ物にならないくらいの、心臓が耳に移動してしまったのかと錯覚するほどうるさく脈打ちだす。
名字と白石の顔をもう一度見やってから教室に入り自分の席へ向かう。

「…白石」
「おぉ、謙也」
「あ、忍足おかえりー」

名字の声を無視して視界に入れないようにしながら、ほら受け取れというように白石の胸元に先ほど渡された桜色の封筒を叩きつけた。白石が首を傾げながらそれを手に取り、封筒の裏表を確認する。

「お前にやって」
「…俺に?」
「はっ白石は人気者やなぁ」
「…なんや機嫌悪いな?」
「別に悪ないわ。待ってるって言ってたで」

顎で封筒を指せば、白石は封筒を見てからすまんと言った。すまんちゃうわ、お前が謝るんはそこやないやろ…なんて自己中なことを考えながら白石を睨んでしまった。情けない。白石は悪くないやろ。何やねん、なんでやねん何でこんな気持ちになんねん。
白石が封を開け、綺麗に二つ折りにされた手紙を取り出すとゆっくりと開いた。その姿を横目に席に着く。名字が小さな声で俺を呼んだ。それをまた無視して頬杖をつく。戸惑うように眉を下げる名字の姿が見なくても解った。

「ありがとな」

開いた手紙を再びきれいに二つに畳んで封筒の中に戻しながら白石が席から離れていく。白石に当たってしまったことが情けなくてはあと溜息を吐いて腕を枕代わりにして頭を預ける。机に突っ伏した俺を見て名字がもう一度俺の名を呼ぶ。目だけを動かして漸く視界に名字を入れると彼女は少しだけ安心したような顔をする。その頬は未だに赤い。

「忍足への告白だと思ったら白石宛てだったんだね」

口元を隠して笑う名字。いつもだったら何とも思わないし、素直に愚痴の一つでも吐いただろうが今はその姿にイラっとしてしまい責めるような視線を送ってしまう。名字はただ俺が不貞腐れているだけだと思ったのかそんな視線を一蹴してけらけらと笑った。
白石と笑いあって、頬を染め恥ずかしそうに白石を見る名字の姿を思い出してしまえば、どんどん醜い感情が湧き上がってくる。

「あんま拗ねないでよー」

そう言って困ったように笑う名字の指が頬をつついてくる。

こういうことは何度かあった。なにも今回だけじゃなかった。自分を呼び出した女子が本当は白石に用があった、なんてそれこそ数えられないくらい。俺が気になっていた子が実は白石を好きだったなんてことも何度かあった。今までは相手が白石ならしゃーないわ、って流せていたのに。名字もなん。名字を好きだと思ってから、お互いわりといい距離でいると思っていた。いい関係を築けてきてると思っていた。矢先にこれか。今回は何故かしゃーないと笑って流すことができない。
未だに俺の頬をつつく名字の手を振り払う。

「触んな」

触れていた手の動きが固まるのが頬越しに伝わった。
名字がひどく傷ついたような表情を俺に向ける。やめてくれ。泣きたくなるから。俺に笑いかけるのも、触れるのも。俺のためのものじゃなかった。彼女の中で少しでも自分が特別になっていると錯覚していたなんて。少しでも好かれているなんて自惚れていたなんて。……なんて滑稽なんだろうか。
まざまざと違う事を見せつけられて、ひやりと心臓が冷えていくようだった。名字の頬から赤みが引き、今にも泣きそうな顔をしている。「ごめん」と一言残して払われた手を握りながら名字が教室を出ていく。


振り払った時の手の感触が消えない。名字が俺に笑いかける顔が消えない。笑っていて欲しい相手を傷つけてしまった。俺が、傷つけた。

名字の泣きそうな顔を思い出して静かに席を立つ。何をやっているんだろうか。好きな子に当たって泣かせて、そんなことがしたいわけじゃない。やっぱり笑っていてほしい。自分の中の弱さを追い出すように頭を振って彼女の跡を追いかける。



あー、アカン。俺やっぱお前の笑顔に弱いねん。




このあと手紙は自分で渡しに来てほしいと思いながら断りに行く白石