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4 「んで、お前はどうしたいの」 「えっ…?」 銀さんは頭を項垂れながらか細い声で言った。弱弱しい声。私の声も震える。 「産むのか、って」 ハッとした。顔をあげた銀さんの顔を凝視してしまった。 産む、産まない…? その選択肢は私にあるのか。男側からしてみれば、認知するかしないかの違いなのかもしれない。 ああ、そうか。 私には産む選択肢しかないんだ。 おろすことなんて考えてなかった。 「考えてなかった…」 「…は…、」 「産むことしか、考えてなかった」 銀さんの目が珍しく見開かれる。 産まなきゃいけない、産みたい…なんて思ってなかった。けど、おろしたくもなかった。 心の中に鎮座していた物が少しだけ、上ってくる感じ。 この重圧は、先の不安もあるけど産んでもいいか、訊くのが怖かったからなのかも。 「一つ聞いていい?」 「なに…?」 「……ホントに俺の子、なの?」 引きつった顔で聞いてくる彼の質問は、男性からしたら当然のものなのかもしれない。 でも、そんな申し訳なさそうな顔しないで。いいの。ちょっとだけ自分の気持ちが分かったから。 目の前がチカチカする。真っ暗なのに、目の前が暗いのに……なのにチカチカしてる。わけわかんない。 「…証拠なんて、ないけど…」 何とか声を出せたことにほっとした。 お互いあの日の事は何もなかったで通すと決めた。黒を白で通すと決めた。 そうだ、私たちの間には何もなかった。 だから私はこの人になにも許可なんて取らなくてよかったのだ。 何で呼んじゃったんだろう、私がもっと強ければ。私がもっと自分を理解できていれば、彼に変な気をつかわせることも困らせることもなかったのに。第一彼に妊娠を告げたとして、わたしはどうして欲しいというのだろう。妊娠したのはわたしの責任だし、あの日私たちの間には何も無いと決めたのに、その約束を反故にして……何やってんだろ、わたし。 でも―――、迷惑をかけずに済むんだ。何だ簡単じゃないか、私が強くいればいいんだ。 「誰が父親かなんて、わかんないよ。そーゆー営業してたわけじゃないけど、水商売してる女だもん!」 キャバ嬢やめて女優にでも転職しようかってくらい、すらすらと言葉が出るし。笑顔も自然にできた。ただ、自分で言っておいてなんだけど、キツイな……。水商売に偏見なんてないし、働いてる私は誇りにすら思ってる。客とだって寝たことない。そんな色恋だけで成績作ってきたわけじゃない。 だけど、世間的に私たちを見る目というのは、そういう、色恋とか、客と寝たりするのが仕事だと思われることも少なくないのだ。 そーゆー偏見持ってるやつを、私は軽蔑してるのに、軽蔑してる奴らが思ってることを自分の口から出すなんて、なんて虚しいんだろう。 突然饒舌になった私に再び銀さんの目が見開かれる。呆然としている彼が次の言葉を発する前に伝票を掴む。 「もう頼むものないよね?私先に出るね、急に呼び出して変なこと言ってごめん。今の話忘れて!なんかてんぱっちゃったんだ」 そのままレジへ逃げるように向かう。 台の上に現金を叩きつけ、釣りはいらん!そこの募金箱に入れろ!(3円しかないけど)と、後ろで銀さんが呼び止める声を無視し、驚く店員も無視して店をあとにした。 ああ、ああ、叫びだしたい気分。 やることがたくさん出てきそうだ。 |