歌舞伎蝶辞めます | ナノ
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――――今から約3か月近く前のこと。
店に通う金が尽きたのだろうか、それともキャバ嬢と客という立場を超えたかったのか…一人の客がストーカーになってしまったのだ。
家を出て仕事へ行き、深夜家に帰るまで。ずっと、私の後ろを付いてくるのだ。話しかけるでもなくただひたすら視線を私の背後に送る。
家族もいない、一人暮らしの(これでも)女なのだ。怖くないはずがない。

ストーカー被害を受けていると同僚のキャバ嬢に相談した時に、紹介されたのが彼だった。
お妙ちゃんの知り合いだという、万事屋――坂田銀時の第一印象はあまりよくなかった…と思う。
何でも屋の彼がストーカーをやっつけてくれるわ、なんて言われて期待したのだが、実際にやってきた奴というと、

「チィーッス、よろずや銀ちゃんでぇーす。よろしくお願いしまぁす」


お妙ちゃんの知り合いだというから、どんなすごい人が来るかと思えば…
飄々としていてなんとも、頼りない……そんな感じの男だった。



この男にストーカーを撃退することができるのか、っていうかやる気あんのこいつ。この人に自分の問題を任せるのが不安になったのを覚えている。
そもそもそんな凄腕の奴なら お妙ちゃんのストーカーゴリだって退治できてるはずじゃん?(本当に退治されたら売上的には困るんだけど)
……ホントに大丈夫なの?

そんなことを悶々と考えていたと思う。


だがそんな私の不安とは裏腹に、彼の仕事ぶりは(いろいろと問題があった箇所は目をつむって…)見事だった。
ストーカー被害に遭い、誰に対してもいちいちビクビクするくらい参っていたし、周りの人間を片っ端から疑うようになっていた。
常に何かに怯えていた私を、救ってくれたのも彼だった。



「おーい、いつまでダンマリしてんだよ。もうパフェ食い終わっちまったじゃねーか」
「…あのさ、結構前のことなんだけど」
「ん」
「私がストーカーされてた時のこと覚えてる?」

彼の片方の眉がピクリと動く。少し低い、警戒するような声で言う。

「まさか、またされてんじゃねぇだろうな」
「ううん!もうされてない、銀さんのおかげで…」

一度 間を置く。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。考えれば考えるほど言葉が見つからない。なんて切り出したらいいの。
自分がしたいことも、どうしていくかも決めてないのに。自分の気持ちすらわかってないのに他人にどう伝えればいいのだろう。

いよいよ頭の中だけじゃなく、目の前までぐちゃぐちゃになってきた。それでもここに彼を呼び出した以上、伝えなければいけない。
心の中に何かが圧し掛かる。ああ、重い。


「……その後のことなんだけどさ…あの、覚えてる?」

彼の顔が引きつる。心当たりでもあったか……




「実は…これ…」

そう言って取り出したのは、先日私が病院でもらってきた一枚の紙だ。
彼、銀さんの顔がみるみる内に青くなっていく。
顔じゅうに汗をかき小刻みに震えながら彼が一番に発した言葉は――

「え…?」 

―― とても短く、言葉とも言えない音だった。



そして冒頭に戻り、私たちはいまだお互いの顔を見ながら黙り続けている。
沈黙を破ったのは、いまだに顔から血の気の引いた彼の方だった。

「マジでか」
「マジっす…」



あの日はお互い、いい気分だったのだ。ストーカーを退治してくれたお礼にと、銀さんをお店に招待した。
お店が終わった後二人で小さなバーで飲み直した。どのくらい飲んだかわからない。たぶんべろんべろんになってた。
お互い酔っぱらっていて、どっかで休もうとかそんな流れになって………
そこで一夜限りの仲というやつになってしまった。んだと思う。
まったく覚えていないわけではない、けれどかなり酔っていて細かいことが思い出せない。それはたぶん向こうも同じだろう。

だが、子供とは決して呼べない年齢の男女が裸で同じ布団の中で抱き合っていたのだ。
お互い子供じゃない、何があったのかなんてすぐにわかった。

何もなかった、なんて誰が信じるだろう。
誰も信じないだろう。起きたら全裸なのに何もなかった、なんて…私本人でさえ信じられない。だが私たちは何もなかった、を信じることにしたのだ。

何もなかった。そうお互いが自分に言い聞かせた。
体を重ねてしまった跡があったとしても、私たちは黒を白で押し通した。

酔って疲れてどこかで休みたかった、暑くて服を脱いだが寝相が悪くて相手の布団に間違えて(ここ強調)入り込んでしまった。

そんな―― どこからか 『ンなわけあるかァァア!!』 とツッコミが入りそうなクソみたいなシナリオを、クソ真面目な顔で犯行計画を確認するかの如く話し合ったのだ。