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21 痛みと血には耐性があると自信あり気だった彼だが、みるみるうちに青ざめ大丈夫なのかオイとしきりに呟きながら狼狽え出す。部屋中を千鳥足になりながらふらついている銀さんの方が大丈夫なのか心配になる。正直それどころではないし銀さんのことなんて構ってる余裕もないのだが。さっきまでの威勢はどうしたの。耐性あるんじゃなかったの。まだ何も始まってないんですけど。めちゃくちゃ頼りない奴になってるよ。 あまりに落ち着きなく部屋を行ったり来たりしていたせいで、看護師さんと危うくぶつかりそうになった銀さんを こめかみに青筋を立てた看護師さんが「まだ何も始まってないんだから!!今からそれでどうすんの!?」と怒った。そしてそのまま「産まれる直前に呼びますんで!邪魔なんで!」とペイッと乱暴に部屋から追い出してしまった。 昨日の夜に始まった腹部の鈍痛に、いよいよお産が近いかもと告げた途端そわそわしだした銀さんを思い出す。 夜に始まった我慢できる程度の痛みに耐えて朝一で病院に行けば子宮口が開いてるねえ今日出てくるかもねえと銀さんとは真逆に落ち着き払った感じで先生が言った。耐えていた痛みは朝にはさらに重くなっていたし、今じゃ痛みの感覚がとても短くなっている。数分に一度訪れる強烈な痛みを逃がすように息を吐く。そうかあ、いよいよなのかあ、なんて頭の中にはまだ少し余裕が残っていた。 その余裕がなくなったのは、明らかに今までとは違う下腹部の痛みが襲ってきてからだった。 「もう出るから!旦那さん早く!」遠くから助産師さんの声が聞こえる。もう出るから?え、出んの?ほんとに?お産本当に進んでるの?めっちゃ痛いけど出る感じしないんだけどほんと? 助産師さんにこうしてああしてと言われるけれど、痛みによって指示どおりにできずパニックになった私の手を分娩室に呼ばれた銀さんがぎゅっと握った。少しだけ顔を動かして銀さんを見る。眉間に皺を寄せ眉を下げたその顔は今にも泣き出しそう。 出産は命がけ、そんな言葉を思い出す。初めてのお産は解らないことだらけだし、思っていた痛みの百倍は余裕で痛かったし、まさに命がけだった。 想像よりも辛く厳しい戦いを経てやっと会えた我が子を抱いた時の気持ちも、銀さんが隣でこっそり泣いてたことも、私は一生忘れない。 「頑張ったな」 そう言って穏やかに笑った銀さんが私の頭を撫でた。胸の前で両手で抱いた赤ちゃんに「二人で頑張ったよねえ」と笑いかける。赤ちゃんに向けて「偉かったねえ」と褒めてから銀さんへ渡すと、ぎこちない動作で我が子を腕に収めた。慣れない存在に動きがとても固い。「ちょ、まじ、小せぇし首据わってねぇし!潰れたりしない?怖い怖い怖い!」情けなく騒ぐ銀さんの顔はこれ以上ないくらいにデレデレしていた。 入院して2日目にお登勢さんたちがお見舞いに来てくれた。「こんな大勢で押しかけて悪いねぇ」と謝るお登勢さんに「いいえ、ありがとうございます」と笑顔で答える。 お妙ちゃんが「おめでとう」と私の両手を握る。その目が潤んでいるからこっちの目まで潤んでしまう。 代わる代わる抱っこされる我が子を見ていると自然と目元が緩んだ。ただ神楽ちゃんが抱っこするときは正直ちょっと焦った。それは銀さんも同じだったようで、「次はわたしネ!」と両手を出した神楽ちゃんに「お前はもうちょっと頑丈になってから抱っこした方がいいんじゃねえの?」と冷や汗をかきながら止めていた。「大丈夫アル!優しくするネ!」と目を輝かせた神楽ちゃんに抱っこするなとは言えなかった。 帰り際に、目を細めてお登勢さんから吐き出された言葉に、私と銀さんはお互い顔を見合わせて微笑んだ。 「もうすっかり家族の顔じゃないかい」 そうだ、私たちはもう家族なのだ。家族、その言葉に胸の内側をくすぐられているような気がした。 その次の日には、お祝いの品を持って近藤さん、土方さん、沖田さんの三人がお見舞いに来てくれた。土方さんを見るなり嫌そうな顔をした銀さんに代わってお礼を言う。銀さんを無視して土方さんが赤ちゃんの顔をまじまじと見ながらいう。 「まさか万事屋が父親になるとはな」 「本当だな!いやあお嬢さん本当におめでとう!」 「ありがとうございます」 「あちゃー」 赤ちゃんを抱っこしながらそう口にしたのは沖田さんだった。 「こりゃ見事にクルクルですね」 「そうなのよね、毛根はパパに似ちゃって…」 はあ、と頬に手を添えて大袈裟に溜息を吐いてみた。 「根性まで父親に似てクルクルになんねーか心配だな」 「あ?根性までクルクルってどーゆー意味かな土方君?」 「ハッ、そのまんまの意味だよ」 「おいおい二人ともこんなところでまでよせ」 バチバチと至近距離でメンチをきりあってる大人げない二人を近藤さんが宥める。 「でも顔はお嬢さん似ですかね?」 「そうなの、顔が私似なら天パでも超可愛いと思います」 「そうですねィ」 そう言って赤ちゃんを見て笑う沖田さんの目元は優しい。赤ちゃんはドS王子の心をも浄化するってことかしら。最強だわ。 「あと16年か……待てるな」 「オイちょっと待て」 「沖田君には絶対やらないから!」 「待てるな、じゃねェだろ!いくつ離れると思ってんだ総悟ォォォ!」 「冗談ですよ。やだなァ」 そう言って笑顔を見せる沖田さんから銀さんが慌てて赤ちゃんを取り上げた。どこまで本気なんだろうか。 「いやあそれにしても赤子はいいなあ」 ニコニコしながら近藤さんが赤ちゃんの手をつつく。小さい手がきゅっと近藤さんの指を握ると近藤さんは更に笑みを深めて可愛い可愛いと目尻を下げた。 「俺とお妙さんの子も可愛いんだろうなあ」 赤ちゃんを見ながらデレデレと近藤さんが未来の我が子に思いを馳せている。この場にお妙ちゃんが居なくてよかった。 「ああ、動物園に行った方がもっと想像しやすいと思う」 「誰がゴリラだ!」 一通り騒いだ後、3人は帰って行った。途端に静かになった個室にちょっとだけ寂しくなる。 眠ってしまった赤ちゃんを布団に置くと、疲れただろと私を労わるように銀さんが頭を撫でた。 「ん」 「今の内寝とけよ」 隈ひどくなるぞ、そう言いながら目元を撫でられる。その言葉に甘えたい気持ちと、やっと訪れた銀さんとの二人の時間を満喫したい気持ちが混ざる。 「安心しろって。起きてもいるから」 「じゃあ起きるまで手つないでてよ」 「甘えん坊かよ」 しょうがねえなぁって笑った銀さんがほらよと手を差し出してくる。差し出された手を握れば、銀さんが私よりも強い力で握り返してくれた。好きだなあ。 銀さんが空いている方の手で私の前髪をかき分け、そっと額に口づけを落としてくる。なんだか気恥ずかしくなって目を閉じると、今度は唇同士が重なった。ゆっくりと目を開ければ、少し照れたように眉を下げて笑う銀さんと目が合う。 目を合わせたまま微笑むと、顔を傾かせた銀さんが目を伏せて再び口付けてくる。 「おやすみ」 優しく囁かれた声に、私はゆっくりと目を閉じる。 穏やかで幸せな時間がこれからもずっと続きますようにと祈りながら、だんだんとやってくる心地よい眠気に身を委ねるのだった。 |