歌舞伎蝶辞めます | ナノ
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この歳になると、世界はきれいごとだけで回っていないことを痛感する。
そしてこの歳になると自分の身の丈、身の振り方、自分の運命というものを理解するのだった。
私はきっと、このままずっと平凡で、窮屈な世界を目まぐるしいスピードで生きていくのだ。
それが私の与えられた人生なのだと思う。ひっそりと、一人で。

世の中の大半のものを、どうでもいいと諦めてる部分があるのは自分でもなんとなくわかっていた。
なんの面白みもない奴だということも理解している。
それでも私は、対して面白くもないことに対して心底面白そうに笑って見せるし。
何もうれしいことがなくても、悲しくても笑顔を絶やさない。
何も面白くない人間だけれど、他人を喜ばせようと頭をフル回転させ神経をすり減らしている。
あまりいい見本ではないかもしれない。
でもそれが、私の仕事なのだ。

鏡の前で化粧を直し、笑って見せる。
んー、今日のノリはイマイチかも…。

「お嬢さんご指名でーす」


夜なのに、眩しいくらいのネオン街―――歌舞伎町。
その歌舞伎町でキャバ嬢してるのが私。
ここが、私の居場所。



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足元から感覚がなくなる、という体験を最後にしたのはいつだったかな…。

「中々ないよね…はは…」

自虐的な乾いた笑いが小さな個室に響く。
目を閉じてゆっくりと開く。何度視線を逸らしても、瞬きしても、目の前の物が変化することはなかった。


「…マジか……」

目の前に現れた赤い線を見て、項垂れるしかなかった。




キャバ嬢という仕事柄、異性と交流する機会が多い。
でもそれはほとんどが店の中だけで、ほかの場所で会うことなどほぼほぼないのだ。
まして、男女の交わりなどほぼ100%といっていいほどない。枕営業なんてもってのほかだ。

―――自分が、妊娠している

なんて現実味のない…。
彼氏もいない、客とも寝てない。そんな私が妊娠。つまり性行為があったということ。
一人だけ、心当たりがあった。
背中に石でも置かれたように、何か見えないものが私を上から押さえつける。

「…店に連絡入れないと…」