歌舞伎蝶辞めます | ナノ
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14


「私、言いましたよね。お嬢ちゃんを泣かしたらただじゃおかないって」
「…んなこと言ってたっけか」
「言ったんだよ心の中で」
「いやそれ伝わってねーから」

無表情のお妙ちゃんが息も絶え絶えの銀さんを乱暴に地面に叩きつけた。ぐぉっぷ、なんて意味わかんない悲鳴を上げながら銀さんが地面を転がって私の足下で止まった。何この見るも無惨な姿…涙が出そう…かわいそすぎて。お妙ちゃんいったいあの土埃の中で銀さんに何発くらい攻撃したんだろう、てかどんな攻撃をしたらこんな風に短時間でここまでボロボロにできるんだ。さすがキャバ嬢兼用心棒だ。


「よぉ」

足の間から顔を覗かせた銀さんが真面目な顔して短く挨拶する。え、そんな間抜けな格好で、そんな真面目な顔しないで吹くからマジで。シリアスな空気が一瞬にして崩壊しちゃうからマジで。
足の間に頭を挟んだまま銀さんが続ける。

「悪かった」

銀さんが謝っている。謝罪がほしかったのかというと別にそうでもないような気がする。だってごめんって言われてるのに、気持ちが全然晴れない。


「帰るだろ」

すぐに答えることが出来なかった。
家を出てくる時に持っていた怒りこそ鎮まったものの、まだ銀さんの顔を見たくないと思ってる自分がいる。否定も肯定もしない私に痺れを切らしたのか銀さんが立ち上がった。そのまま真っ直ぐに見つめられれば、いたたまれなくなって目を逸らした。

「まだ怒ってんのか?」

小さく頷けば、ばつが悪そうな顔に力ない声で「そうかよ」と言う。俺も帰れねぇ、と続けられた言葉に顔をあげれば銀さんは小さく息を吐いて居心地悪そうに頭を掻いた。……は?

「や、帰れるでしょ。銀さんの家なんだから」
「帰れねェんだよ。あの家にはお前がいねーと俺の場所はないんだと」

神楽の奴ふざけてやがる、そう吐き捨てるように言った後で「それに」と続けられた。

「今じゃお前の家でもあるんだよ」
「……」
「お前が帰って来ねぇと俺も帰れねぇよ」
「でも、私、まだ銀さんに怒ってるから」

軽く睨んでやったら怖い顔すんなと言われた。そうさせてるのは他でもないあなたのせいなんですけど、そんな嫌味を言えば「悪かったって」と焦ったように謝ってくる。ボロ雑巾のような姿で謝る姿に少しだけ胸が痛んだ。しかも神楽ちゃんに家を追い出されたらしいし、哀れなり坂田銀時。少しだけざまあみろって思ったのは内緒。



「わァーった。お嬢が帰りたくなるまで毎日迎えにきてやっからな」
「はぁ?」
「それまで野宿でも何でもしてやるよ」
「ちょ、何それ」

そんなこと言われたら、なんか、帰らないといけない気になってくるじゃん。いやそもそもそんなに長いことお妙ちゃんの家にお世話になるつもりなんてなかったんだけど。ちょっと頭冷やす時間がほしかっただけで。目の前に銀さんが現れたから、困らせてやりたくなっただけで。何でそんな、ここまで追いかけてくんの、私のこと好きでもないくせに。…あぁ、私が帰らないと帰れないっていう事情があるからか。


「あのさぁ」
「何だよ」
「私、土方さんと寝たことなんてないから」
「そうかよ」
「そうかよ、って」

あっさりと返されて拍子抜けしてしまう。これじゃ私が何の為に怒っているのか解らなくなるじゃん、馬鹿。ふざけんなよ。
行き場を失いそうな怒りにどうしていいかも解らないまま、銀さんの言葉に耳を傾ける。

「もういいんだよ。まあ確かに?あのニコチンと関係があったらいい気はしねぇけど?」
「気にするんじゃん」
「でもいいんだよ、今 お前のこと手にしてんの俺だから」


そう言った銀さんは言葉こそ強気なものの表情はとても頼りなく見えた。何それ、銀さんのものになった覚えなんてないんだけど。
――― それでも、真っ直ぐに言われた言葉が嬉しかったりして。照れくさくなってそれを隠すように不満げな顔して頬を膨らませてみる。まだ怒ってます不機嫌ですって顔をしたかったのに眉間に力が入らない。完全に銀さんに絆された。悔しい。

「…お妙ちゃん」
「はい?」

今まで後ろで黙っていたお妙ちゃんを見れば、さっきまでの般若顔が仕舞われていていつもの優しい表情の彼女に戻っていた。よかった無事生還することが出来たようだ。

「私、帰る」
「あらもう?残念ね」

もう少し一緒にいたかったのに、なんて笑顔を向けてくれるお妙ちゃんは世界一怖いけど、世界一優しい女の子だ。

「また、遊びに来るね」
「今度は笑って遊びに来てね」
「うん」
「てめぇ意味解ってんだろうな天パ」
「解ってるよ」

うるせぇな、なんて悪態を吐いてはいるけど、ダラダラと汗を流しながらお妙ちゃんから視線を逸らしている銀さんに苦笑いが漏れた。


「帰ぇるぞ」
「うん」

お妙ちゃんが貸してくれた、可愛いお花柄の傘に二人で入る。女物の傘だ、大人二人でしかも男女で入るには小さ過ぎて肩がぶつかる。ちょっと押さないでよ、押してねぇよなんて言い合いながら肩がぶつかってまた狭い狭いと言いながら歩く。心なしかお互い口元が緩んでいる。
たまに、本当にたまになら、こんなんもありかもなんて思ってしまった。

「ねえ、銀さん」
「んだよ」
「……銀ちゃん」
「あンだって」
「何でもない」

なんだかおかしくなって、ふふっと笑えば銀さんは怪訝そうな顔をして「変な女」、と呟いた。ばっちり聞こえてんですけど。

「変な頭」
「うっせぇ」