歌舞伎蝶辞めます | ナノ
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やめて!お妙ちゃんの鬼をも凌駕する薙刀の一振りで、天然パーマを焼き払われたら、毛根で銀さんと繋がってる銀さんの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで銀さん!あんたが今ここで倒れたら、私や生まれて来る子供の未来はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、お妙ちゃんに勝てるんだから!


次回、「坂田 死す」。デュエルスタンバイ!






「何を言っているの?」
「ちょ、ちょっと現実逃避を…」


まあいいわ、はいこれ。そう言ってお妙ちゃんから細長い白い布を手渡された。その中心には“妥当女の敵”とでかでかと書かれている。額に巻けということか、そういうことか。お妙ちゃん一体これをいつ用意したの。
ここまで来たら後には引けないと渋々、手渡されたそれを額に巻けば、お妙ちゃんは鼻息を荒くしながら頷いて見せた。

「お妙さん!俺も手を貸しますよ!!!」

スパーン!いい音を立てて思い切り押し入れの引き戸が開けられた。そこには何故かすでに白い鉢巻きをした近藤さんが顔を覗かせていた(しかもご丁寧に“殺 天パ”の文字まで書かれている)
え、近藤さん?!……というかどこから出てきてんだこの人。


突然現れた近藤さんは顎に手をやりながらもう片方の手で私の肩にぽんと手を置いた。いや、この人いつからいたの怖いんですけど。

「いやァまさか万事屋の野郎がけっこ…」
「何、レギュラー面して現れてんだゴリラァァア!!!」

最後まで言い終わるのを待たずにお妙ちゃんの強烈なアッパーが近藤さんを襲う。私にはないけど、もし私に男性器があったらこれ絶対ひゅんてなるやつだ…!
殴っただけでは絶対に聞こえてこないような爆発に似た音と共に近藤さんが天井に突き刺さる。

「あ、あの近藤さんのストーキングまだ続いてたんだ…?」

パラパラと天井の屑と埃が落ちる様を見ながら訊いてみる。お妙ちゃんは溜息を吐いて「銀さんでも解決できなかったの」と手についた埃を払うようにパンパンと手を叩きながら答えた。半ば諦めの色が見える。
近藤さんも近藤さんだ、あんだけやられて未だにストーカーでいられるなんて、強い、強すぎる。精神的な意味で。
私に付きまとっていた人はすぐに諦めてくれてよかった、本当に。


「さ、行くわよ」

仕切り直しと言うようにお妙ちゃんが鉢巻きをキュッと縛り直した。
前は銀さんの前に身体を張ってお妙ちゃんを止めたけど、今回は止めることが出来そうにない。せめて息の根だけは止めないようにお願いしておかなくては…!お妙ちゃんが殺人犯になってしまうかもしれない。

天井に未だ 突き刺さっている近藤さんのことはすでに記憶の彼方なのか、特に触れることもなくお妙ちゃんは外へ出てしまった。
近藤さんをスルーし、お妙ちゃんの後へ続けば雨が降り出していた。

「降ってきちゃったわね」

雨によってお妙ちゃんの怒りの炎も沈下されたのか、少しだけヒートダウンしてくれた。今し方降り始めた雨はまるでお妙ちゃんの足を止める為の物のように思えた。グッジョブ雨。
冷静さを取り戻しつつあるお妙ちゃんに仇討ちはまた今度にして中に入ろうと提案する。
気の進まない様子でお妙ちゃんは「そうね」と頷いてくれた。
ほっと胸を撫で下ろしたまではよかった。


「なん、で…」

目の前には肩で息をしている銀さんが、降り始めた雨に肩を濡らして立っていた。視界に捕えた瞬間、頭を抱えたくなってしまった。

なんで…何で……せっかくお妙ちゃんを落ち着かせた所だったのに!どうしてこのタイミングで登場するんだよォォォオ!!!
雨降ってきたタイイングはグッジョブだけど、この銀さんの登場のタイミングは非常にバッドだ。最悪だあの天パ。雨のせいでいつも以上に頭爆発しちゃえばいいんだあんなクルクルパー。

お妙ちゃんの目つきが変わる。そして制止する間も与えず、気付けば薙刀を振り回しながら銀さん目がけて走り出していた。

「死ねェェ天パァァァア!!」

銀さん、お願い死なないで!銀さんが死んだらお妙ちゃんが殺人犯になっちゃうからァァァ!
両手をぎゅっと握って祈る。土埃が舞って、二人の姿が確認できない。
またしても薙刀を振り回しただけでは聞こえてこないような爆発に似た音がしたのが気になる。
土埃が落ち着いて来た頃、ようやく二人を視界に捕えることができた。

「う、嘘…銀さん……」

薙刀をどう扱ったらそんなことになるのか解らないが、銀さんの頭が地面に突き刺さっている。その側では今にもとどめを刺ささんとするお妙ちゃんが薙刀を振りかざしているところだった。

「お、お妙ちゃん!お願い殺さないで!」

そう叫んだと同時にお妙ちゃんによって薙刀が振り下ろされた。ズドォンとこれまた効果音どうした?と訊きたくなるような音が耳に響く。真っ直ぐ振り下ろされた薙刀は銀さんの頭スレスレの所で躱されていた。
とりあえず銀さんが生きていることに安堵してその場に崩れ落ちてしまう。
よ、よかった……。お妙ちゃんが殺人を起こさずに済んで。銀さんが命を落とさなくてよかった。

「あ、あのお妙ちゃん、お願いがあるんだけど」

あまりの迫力に腰が抜けてしまって、その場にへたり込んだままお妙ちゃんに話しかける。お妙ちゃんは大丈夫?と気にかけてくれたが、その表情は少しだけ不満を残していた。まるで甘ちゃんと言われているようだ。

「その埋まってる天パ、ここまで連れて来てもらってもいいかな?」

お妙ちゃんは頭から地面に埋まってるまるで収穫前の野菜状態の銀さんを一瞥すると、手にしていた薙刀の刃を地面に突き刺した。そして片手で銀さんの足を掴み引っこ抜く。ズボッと抜けた銀さんはまるで大根のようだった。いや大根のようだって、割とガタイのいい成人男性をあんな片手で易々と持ち上げるお妙ちゃんって…。