歌舞伎蝶辞めます | ナノ
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帰って来るなり銀さんはドカッとソファに座り「嫌な奴に会っちまったなぁ」「それにしてもまさかあのニコチンと繋がってたとはな」なんて独り言をもらした。
さして興味のない内容だったのでスルーして、先ほど購入した服を目の前で広げてみる。これを着る我が子に会えるのが楽しみ、なんて私もずいぶん親っぽくなったもんだ。それよりも、これを震える手で広げてみていた銀さんを思い出してつい笑みがこぼれる。私たちこうして“親”になっていけたらいいな、なんて……今はそこにない恋愛感情がいつか互いに芽生えればいいのに、なんて。

「無視すんなコラおめーに言ってンだぞ」
「ん?」

テーブルを挟んでいたはずなのにいつの間にか隣に座っていた銀さんに頬をつつかれた。その顔は不機嫌に歪んでいる。あ、独り言じゃなかったの。独り言だと思っていたと素直に謝れば「こんなデケー声で独り言とかねぇだろ」と文句を垂れた。内容に興味がなかった、ということは言わないでおこう。

「で、何の話だっけ」
「だーから、」

そこで言葉で詰まらせた銀さんに、ん?と首を傾げて続きを促せば改めると言いづらいとかなんとか聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぼそぼそ言った。何を言うつもりなの、愛の告白の類いか?


「あいつとは寝たのか、って」
「…あいつ、って…」

もしかしなくても土方さんのこと、だよね?
言いづらそうに目を反らした銀さんから私も視線を外す。え、なんで。なんでそんなこと訊いてくるの。
土方さんはただのお客さんだよ。確かに銀さんよりも前に知り合ってたし、仲だってそこまでプライベートで関わりがあった訳ではないけど悪いわけじゃなかった。むしろ他のお客さんよりも好きだったけど。それは営業をかけなくていいとかお仕事中でも少しだけ気を抜けた相手だったとか、そういうだけでそこに特別な感情があったわけじゃない。
銀さんの問いに否定する言葉は頭の中にたくさん出てくる。土方さんとはそんな仲じゃない、いくらでも弁解できる。でも声に出して言えない。なんで銀さんに弁解しなくちゃいけないの。なんで土方さんを出してくるのか。
悲しいのと怒りが同時に沸いてくる。


「…穴兄弟は嫌だかンな」
「は……何それ、」

だめだ、怒りの方が勝ってしまった。