歌舞伎蝶辞めます | ナノ
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無事に銀さんも退院し、なんだか普通に万事屋になじんでいる今日この頃。
婚姻届けは書いたものの未だに提出はされていない。記入が終わるのと同時に銀さんに取り上げられたままになっている。

「そういえばさあ」
「んぁー?」

少しだけ出てきたお腹をさすりながら、間延びした返事をする銀さんを見る。
ソファに横になって、片手で鼻をほじりながらジャンプを読んでいた。この人が自分の旦那になるのか、そう考えたらなんだかため息が出そうになった。

「赤ちゃんのさあ、洋服とか見てみたい」
「は?」

そこでようやくジャンプから目を離した銀さんは、まだ性別もわかってねぇだろ、とさして興味なさげに言う。
そんな銀さんの態度に、むっとしてしまう。性別もまだわかってないけど、そうなんだけど。
もうちょっとさ、興味持ってくれてもいいじゃん。銀さんの子供でもあるんだから!なんて口にはしないまま、銀さんを睨み続けた。

「わァーったよ!」

無言の圧力に負けたのか大げさに溜息を吐いた銀さんはジャンプを閉じて、ガシガシと頭をかきながらソファから立ち上がる。
めんどくせーなー、なんて言いながら玄関に向かうその背中になんだか少し泣きたくなってしまった。でもせっかく立ち上がってくれたのだ、気が変わらないように急いでその背中を追いかけた。






「俺、ガキにはこういうの着せたいんだけど…」
「か、かわいい」

震える手で銀さんが服を目の前まで持ち上げた。大人が着たら絶対痛いかわいらしいキャラクターの着ぐるみ。これを着こなせるのはやはり子供しかいないだろう。いや、こういうかわいいキャラクター選ぶ銀さんにすごく驚いていた。この人いろいろギャップがあるよな…?
あんなに乗り気じゃなかったというのに、いざ子供服を前にしたら珍しく目を輝かせた銀さんは 次々に服を手に取り未来の我が子にあれ着せたいだとかこれ着せたい何したいと一人盛り上がっていた。その姿を見てどこか安堵する自分がいる。
まだ性別も何もわかっていないというのに、服を見るだけでも大いに盛り上がってしまい衝動に任せて銀さんが着せたいという可愛いキャラクターの着ぐるみを買ってしまった。まあこれなら性別がどっちでも着せれるよね。ていうか服より先にそろえなくちゃいけない物があるよね…てか妊婦用のグッズもほしいかも、なんて考えていたら後ろから誰かに呼び止められた。

どっかで聞いた声だな、なんて思いながら後ろを振り返れば、夜のお店のお客さんだった。しかも結構の良客。


「土方さん、沖田さんも!」
「こんな所で会うなんて奇遇ですねィ」
「本当に。お久しぶりですね」
「何やってんだ、こんなとこで」

こんな奴と、そう付け加えながら土方さんは煙草の煙を吐きだした。こんな奴、と呼ばれた銀さんの方を見ると、さっきまでいつも以上に締まりのない顔をしていたのに、いつの間にか見る影もなく不機嫌そうな表情に変わっている。

「お嬢ちゃん、こんな奴と知り合いなの?」

土方さんに対抗してるのか、同じようにこんな奴と称して土方さんを顎で指す。あんたたちこそ知り合いなの。しかも仲悪いの。

「お店のお客さん」
「何、土方君キャバクラとか通ってんの」

さっきまでの不機嫌面はどこへやら今度はニヤニヤと下品な顔をひっさげた銀さんが土方さんを見て笑う。

「あ?近藤さんの回収に決まってんだろ」
「そうそう、たまに同伴してもらったり指名してもらったり」
「はぁ?お前ら仲良いのかよ」

不満そうにそう漏らした銀さんに、満足げに土方さんは煙草を吹かした。なんかすごく居心地悪いんですけど。


「で、旦那とお嬢さんはどーいう関係なんで?」

無邪気な目で小首を傾げながら沖田さんが聞いてくる。え、と言葉に詰まり銀さんを見ると向こうも同じようで私と同じ顔をしながらこっちを見てた。

「……夫婦?」

頬を指でかきながら顔を引きつらせた銀さんが疑問系で答える。正式にはまだ夫婦じゃないけどね、そう告げた途端、目の前の二人が大声をあげた。おおう、びっくりした。

「お前、こいつと結婚するとか正気かよ!」
「あ?マヨラーニコチン野郎どういう意味だコノヤロー」
「考え直した方がいいんじゃねーですか?」
「お前ら俺をなんだと思ってんだよ!」
「万年金欠のグータラ野郎ですぜ」
「ちょ総司郎君ひどすぎじゃね?辛辣すぎね?」
「総悟です。結婚とは無縁の人だと思ってたんですけどねィ」
「お宅の副長のが無縁だろ絶対」


土方さんは普段から瞳孔が開き気味の人だと思っていたけど、今はその3倍くらい瞳孔が開いている。イケメンなんだけど今はすごく怖い。お前自分が何しようとしてるか解ってんのかそう言いながら肩を思い切りつかまれる。痛いんですけど怖いんですけど!でも土方さんの言いたいこと悲しいけど解るよく解る!!でも怖い!


「店はどうしたんでェ」
「この前辞めちゃったんですよね」
「ああ、店長が稼ぎ頭に抜けられて泣いてやしたぜ」
「あはは、本当なら嬉しい。喜んだら店長には悪いけど」
「でも何でまた旦那と結婚なんて?」

銀さんと土方さんがいがみ合っているのを見ながら沖田さんが「予定が狂っちまった」と小さく呟いた。


「え?」
「土方の野郎とくっついてから寝取ってやろうと思ってたのに」
「んんん?」

にっこり、笑った沖田さんの目が笑っていない。え、え、ていうかこの人こんなこと言う人だったっけ。こんな悪役面だったっけ。笑顔こんな邪悪だったっけ!!?

私が今まで見てきたアイドル沖田王子は幻だったとでもいうのだろうか。
いつもお酒強い振りして弱い土方さんを心配して「ああもう、そんなに強くないってのにお姉さんにいいとこ見せたくて頑張りすぎでさァ」なんて背中をとんとんしていた光景が蘇る。そういえばあれとんとんてより背骨持ってく感じの叩き方だったような気がしなくもない、ような…。
お水飲ませようとして間違えてテキーラ飲ませてたのも、どんな間違いだよって思ってたけどもしかしてわざとだったのかもしれない。目眩がしてきた。私の中のアイドル沖田王子が崩壊していく。王子からだんだんラスボスの魔王へと変わっていく。だめだ、倒れそう。


「奴の悔しがる顔が見たかったんだけどなー」

あーあ残念、なんて言いながら両手を頭の後ろで組んだ沖田さんの声はちっとも残念そうじゃない。

「魔王沖田爆誕…」
「それにしても、アンタと旦那がねェ」

こちらに一瞥をくれた沖田さんは、そのまま未だに土方さんといがみ合っている銀さんに目を移す。今にも殴り合いを始めそうな雰囲気である。まさに、一発触発状態。

「人生何があるかわかんねーもんだ」そう言った沖田さんに何も言わずに頷いた。
沖田さんの言いたいことは、なんとなく解る。
銀さんは、いや銀さんも、私も、所帯を持つタイプじゃないのだ。銀さんなんて収入不安定だし絶対結婚なんて向いてない。してはいけないんじゃないかとさえ思う。改めて考えると銀さんとの結婚に不安が…。毎日何回か不安がよぎるなあ本当。

お腹をさすりながら「子供がね、できたんです」、告げると沖田さんの目が大きく開かれる。土方さんにも聞こえたのか、動きを止めた。ついでに表情も固まった。

沈黙を破ったのは銀さんだった。

「つーわけで、多串君残念だけど、こいつはもう俺のなんで手出さないでね」
「誰が出すか!何が残念なんだよ、ふざけんな!」



ぽんぽんと土方さんの肩に手を置き、何故か勝ち誇ったような顔で溜息を吐く銀さん。その目は哀れみを含んでるようにも見えた(ところで多串君て誰、なに)
じー、とお腹を見ていた沖田さんは突然眉を八の字にして、さっきよりも全然残念そうな感じを出しながら「天パの遺伝子」と呟いた。それを聞いた銀さんが騒ぎ出した。てめーちょっと自分がサラッサラヘアーだからって天パ馬鹿にしてんのかコノヤローとかバカヤローとか聞こえる。沖田さんも、大げさに反応する銀さんも何言ってるんだろう。


「大丈夫ですよ」


騒いでる銀さんの手を取って、土方さんと沖田さんに頭を下げる。



「私の子供ですよ?」



男だろうと女だろうと関係ない。天パだろーがなんだろうが、この私の子供なのだ。可愛くないわけがない。