Syringa vulgaris | ナノ
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Burdock


めんどくさ、そう思ってしまったのは事実だがマズイなと焦りを感じたのもまた事実だった。溜息を吐いて頭を乱暴にかく。
毎日毎日言われ続けたことなのだけど、その気になれず。彼女に言われたから行動するというのも俺の気を進ませない理由になっていた。そんなこんなで何もせずに当日を迎えた結果、この有様だ。解ってはいたし、俺は別に悪くないんじゃないかと疑念も残るが妙に彼女の顔が頭に残る。
遡ること約1ヶ月、バレンタインの日のことだ。毎日毎日うるさいくらい好きと叫んでいる彼女がはりきらないわけがないのだ。うぬぼれのように聞こえるが、全くそんなつもりはない。俺はこの数ヶ月間にうんざりするくらいの一方的な愛情を送りつけられているのだ。どう聞いても俺がナルシストにしか見えないのでこのことについては今更言及しないことにしよう。
色々と予想通りとは呼べないが結果として彼女から俺はバレンタインチョコをもらったのだ。それから約1ヶ月、毎日散々「お返し待ってるからね!くれなきゃ泣いちゃうぞ、黄瀬くん好きっ」と言われ続けたのだ。
そのお返しをする日というのが今日、ホワイトデーなのだが。俺は元々女の子へのお返しは基本しないと彼女に伝えてあるし、彼女に好意を寄せているわけでもないのでお返しお返しと騒がれても用意する気は起きずに何も用意してないままにこの日を迎えた。別に今日がホワイトデーだというのを忘れていたわけではないし、あんだけ散々言われておいて今日という日を忘れられるわけがない。俺はただ今日でお返しアピールが終わるのか、とただそれだけを思っていたのだ。

そしていつものように満面の笑を携えた彼女が俺の前へやってくる。

「おっはよー!黄瀬君!あ、もうお昼かな?なかなか捕まらないからこんにちはの時間になっちゃった、寂しかったよ!今日もかっこいいね」

そんな挨拶をペラペラと並べ終えた彼女は一段と目を輝かせて両手を差し出してきた。

「ん?」
「今日はー待ちに待ったホワイトデーなのです」
「あー、そうだったっけ。すっかり忘れてたッス」
「…お返し!黄瀬君からのお返しが楽しみで昨日はドキドキしてあんまり寝れなかったんだ!」
「あれ、俺の言ったこと聞こえてた?」
「よ、用意してないと…」
「まあそうッスね」

そこで彼女の瞳から輝きは消え、眉が八の字に下がった。あ、凹んでる。いやでも解るでしょ、俺が用意してる方がびっくりでしょ。

「てか、毎日お返しくれって言われたら返す気も失せるっしょ」
「…う……」
「まあ俺の逃げ道塞ごうと思ってのかもしれないけど」
「…う、っ…」
「(図星かよ)残念だったッスね」
「残念でした…」
「でもま、他のバスケ部員からはお返し貰えるんじゃないスか?」

うまい棒でお返しくれる人が居ればだけどね。そう言って微笑んで見れば彼女は俺につられて一緒に笑った。ぐちゃぐちゃの笑顔。いつも俺が見てる笑顔とは違う歪んだ笑顔だと思った。そんな顔をさせたのは他の誰でもない俺なのだけど。

「ま、勝負はこれからだもん!これくらいじゃめげないしまだまだ黄瀬君好きだから諦めないし、黄瀬君覚悟しといてね!」

なんとまあ彼女らしい台詞。いつも通りうるさい彼女だ。眉間にはシワがかなり寄っているし眉だって八の字だし口元だってぐちゃぐちゃに歪んでいる、笑って好きだなんだ言う彼女とはまるで別人だ。そんな悲しそうな顔で俺を好きだなんて言うなよ。

「でも、私があげたチョコ美味しかったでしょ!」
「え、ああ…どうだったかな…」
「もう、黄瀬君ってば素直じゃないんだから!」

まあいいや、またね!そう叫び俺から背を向けると、そのまま一目散に走り出してあっという間に俺の視界から逃げた。いつもなら後ろ向きながら走って好き好き騒いでいて、とても危なっかしいくせに。彼女が背を向ける時に勢いに乗ってしまったのか、受け止めるのが限界だったのか、見たくないものに気付いてしまった。

「……泣かした?」

急に押し寄せる罪悪感。あっちが勝手に押し付けてきたんだ、わざわざお返し用意しなくていいじゃん。用意してないくらいで何で俺が悪いみたいになってんの?
何で泣くんだよ。そんな顔されるなんて思わないじゃん。そんな顔されたら困るじゃん。