Syringa vulgaris | ナノ
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Crocus


そんな嫌がらせみたいなことはやめなさい!そう友人に説教をくらってしまった。黄瀬君を好きなのはあんたの自由だしどんなアタックしようといいと思うけど、そんなことしたら本当にただの嫌がらせだからね!と肩を痛いくらい掴まれながらガクガクと揺らされ視界が触れる中 友人の言葉を聞いていた。
インパクトあっていいと思ったんだけどなぁ…そう名残惜しく口にすれば隣を歩いている友人にまだ考えてたのと溜息を吐かれてしまった。

「だって、周りには可愛くラッピングされてる美味しいチョコたちがあるんだよ?そんな中に私のがあっても目立たないし」
「だからってね、そんなバレンタインテロのようなこと…」

友達はもう一つ大きな溜息を吐いて、私に釘をさすように「いい?」とまっすぐ目を見ながら言ってきた。ごくりと唾を呑む。

「うまい棒100本贈ったってインパクトはあるかもしれないけど、それで落ちる男なんていないの」
「…う…!」
「仮にいたとして、それはただのお笑い気質の人限定、つまり関西人にしか通用しないわ」
「それちょっと偏見入ってるんじゃ…」
「黄瀬君相手にはインパクトも当然大事だろうけど、彼はそんなにお笑い体質じゃないの。解った?解ったら絶対バレンタインにうまい棒100本送りつけるなんてやめなよ」
「……そんなこと言って本当は自分がその作戦使うつもりなんじゃ…」

おバカさん!その声と同時にデコピンが飛んできた。痛い!そう叫ぶ私を他所に友人はデコピンのために使った中指を抑えながら「石頭め…」と恨めしそうにこちらを睨んでいた。ひぃ怖い!
ヒリヒリ痛むおでこをさすりながら、次の作戦を考えてみた。うまい棒100本作戦いいと思ったんだけどなあ……。
普段から黄瀬君好きですアピールを毎日欠かさずにしている私にとってバレンタインの力なんて借りなくても全然大丈夫だとは思うのだけど、バレンタインというイベントでもしかしたら私より一歩リードしちゃう子が出てきちゃったら困る。それはとても怖い…うーんうーんと悩んでいる私を、友人たちはゴミでも見るような目をして私を観察していた。いやなんかフォローしてよ。そこで思いついた、うまい棒100本をあげてインパクト勝負!という作戦なのだが冒頭にもある通りその作戦は実行に移す前に潰されてしまった。
お菓子作りが趣味だという友人に相談を持ちかけてみたのだが、これといって作りたいと思えるものがなかった。
友人が見せてくれたレシピ集を思い出してみる。ケーキとかクッキーとかハート型にしたチョコとか…もらうのは嬉しいけど私が贈るって言ったらどこか違う気がした。
私があれでもないこれでもないと悩んでいる時に、友人は呆れたような声で「ていうかあんた料理できんの?」と最もなことを訊いてきた。

「板チョコとかして型に入れて固めるだけじゃん」

何言ってるの?という顔で友人に答えれば、彼女はまあそうだけど違うよと肩を落とした。お菓子作りが得意な友人も苦笑いを浮かべる。

「でも生チョコなら得意だし!生クリーム入れるだけだし」

すると友人はそれだとでも言いたげに目を輝かせながら「生チョコで味勝負しなさい」と持ちかけてきた。

「え、生チョコで…?」
「トリュフでも可」
「そうね、生チョコなら名前が作っても失敗しなさそう」
「どういう意味ですかそれ」
「インパクトってのは何も見た目が派手なだけじゃないわ。味だって充分インパクトになるんだから」

美味しさで勝負しろと?生チョコで?無理くね?

「そもそもね、目立って印象づけようとしてるのがダメなんだよ」
「そうねぇ、気持ちがあるかよね」
「バレンタインってさ、内気な子のためのイベントじゃん。私別に黄瀬君好きなの隠してないし、黄瀬君だって私が黄瀬君を好きって知ってるだろうし…今更じゃん?」
「バカ」
「なんだって!」
「本当に今更だわ」
「バカすぎて話にならない。バレンタインのことなんて忘れれば」
「いや私より目立つ子が出たら困るっ!」

またしてもデコピンされた。痛い。このままじゃ額が真っ二つに割れるかもしれない。

「バレンタインは確かに内気な子が有利かもしれない。けど大事なのはいつだって気持ちだよ」
「インパクトだって味だって、最後に勝つのはそこに気持ちがあるかないかよ」

しばらく考えて、友人の言っていることがもっともだと気づく。ああそういうことか。

「例え男だったとしても、私が黄瀬君を好きなのは揺るがなかったと思うけど、男に生まれてたらきっとモテモテだったと思うよ」

友人の肩にポンと手を置いてウインクしたら、笑顔でデコピンされた。いよいよ額が二つに割れるかもしれない。褒めたつもりなのにひどい…。




以上が数日前に私と友人の間にあった会話で、そして今日がそのバレンタイン当日なわけだけど…

予想しいていた通り…いやそれ以上に黄瀬君は朝から女の子たちに囲まれてはチョコを受け取っている。たった今も彼は数人の女の子に囲まれ、きゃあきゃあ騒がれている。
チョコと断定はできないけれどほとんどが食べ物であることは間違いなさそうだ。そして下駄箱やロッカー机の中、上と黄瀬君が訪れる場所という場所にこれまた直接渡せずにいた子たちからのプレゼントが積み上げられていた。
私のことだから他に寄ってくる女の子たちをかきわけ、なおかつ彼女たちを黄瀬君に近づけさせないといった徹底したマークに加え私以外の子が彼にチョコを渡すチャンスを限りなく減らすという行動に出ると予想した者はきっと少なくないだろう。現に友人のほとんどに拍子抜けだねと笑われてしまった。私だって緊張の2文字くらい知ってるんだから。いつも好き好き周りを気にせず叫んでいる私らしくないと言えばらしくないし。所詮バレンタインたかがバレンタインと目線を上げていたのもまた事実なのだけど、いざ自分も参戦ということになると何故だかいつも通り黄瀬君にかっこいい好き素敵!の三拍子を掲げて駆け寄ることができなくなってしまったのだ。


手に持った黄瀬君への贈り物の処分方法を考えた方がいいのかしら。

「あれ苗字さん」
「黄瀬君…!」

後ろから声をかけられパッと後ろを振り向くと両手いっぱいに可愛らしくラッピングされたプレゼントの山を抱えた黄瀬君がいた。ずっと遠くにいたはずの黄瀬君がもうこんなに近づいていたなんて。私は一体どれくらいの間考え込んでいたのだろう。時間を忘れるくらいに考え込んでいただけに突然の黄瀬君の登場に焦る。いつもは私の方から話しかけにいくというのに、今回は黄瀬君が声をかけてくれた。いつもだったら私の横を挨拶もなしに通りすぎるあの黄瀬君が、私を見つけて声をかけてくれたのだ嬉しくないはずも、驚かないはずもない。

とっさに後ろに隠してしまったプレゼントを、渡すチャンスかもしれない。

「今日は、すごい収穫だね」
「それ嫌味っスか?まあいつもお菓子とか貰ってるけど、今日はその何倍ッスけど」
「…あはっ、嫌味は黄瀬君の方でしょ!」

言って口角が少し痛いなと感じた。ああ今きっと作り笑いをしている。うまく笑えていないのかも。笑いたくない時に笑うってけっこう辛いんだなあ。黄瀬君は笑うのがうまいと思う。笑いたくない時にお仕事だから笑うってすごく難しい仕事かもしれないな。黄瀬君、すごい。
そのすごい黄瀬君は、キョトンとした顔をしながら「何か今日元気ないっスね」と私に向けて言う。今度は鼻の奥が痛くなって泣きそうかもとぼんやり思った。黄瀬君の言う通り、今日の私は元気がないのかもしれない。今日の黄瀬君はすごくすごぉく珍しく私に構う。いつもだったら私なんて気にしないのに。元気ないね、なんて言葉をかけてもらえるなんて。それだけで元気になれそうだ。そんな気がするだけだけども。

「超元気だしっ!黄瀬君と喋ってるのに元気ないわけないじゃん!今日も黄瀬君見れて幸せ!」
「あらら、そりゃ残念スね」
「えー?黄瀬君ひどいなっでも喋ってるだけで幸せだから許す!」
「苗字さんが元気だと余計鬱陶しいッスもん」
「いくら私が優しくても怒ることくらいあるんだよー!」
「今日何か、苗字さんがいっぱいいるみたいですっげ疲れるんスよね…」

アンタみたいなのは一人で充分だよ。そう言って喉で小さく笑った黄瀬君はするりと私の隣をすり抜けて行った。

「真っ先に来ると思ったのに、結構余裕なんスね」

こちらに背中を向けてそんなことを私に投げかける黄瀬君に私はハッとして口を開いた。けど何も言葉に出来なくてそのままぎゅうと唇を噛む。
余裕?そんなのないよ。こんなに焦ってるもん。余裕なんて黄瀬君のこと見てたらどこにも生まれないんだから。
女の子にずっと囲まれてるし、私のことちゃんと気付いてくれたりとか、そんな黄瀬君みて焦らないわけない。
もう随分と前を歩いている黄瀬君を追いかけて、追い越して黄瀬君の前に立って進路を塞いでやった。

「ちゃんと黄瀬君に用意してるから安心していいよ!お返し楽しみにしてるからっ!」

そう言って両手が動かせない黄瀬君のために山積みにされたチョコの山の一番てっぺんに後ろ手に隠してあったプレゼントを乗せてやった。

「来月めっちゃ楽しみにしてるからね!一日デートとかでも全然いいしむしろそれがいいしね!お返し楽しみだなーうはーっ!」
「俺女の子へのお返しって毎回忘れるんスよー」
「じゃあ毎日忘れないように伝えに来るから、大丈夫!」
「どこも大丈夫じゃないから!」

念の為に友人には内緒で うまい棒100本を用意していたのだけど、それはバスケ部の皆様に配ることになりそうだ。