Syringa vulgaris | ナノ
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Gaura


なあんであの子ってばあんなにバカなんスかねえ。突然目の前に現れ勝手に隣に並んできゃあきゃあ騒いでそしてまた颯爽と走って消えてくあの人は、何が楽しくて俺に構うんだろう。
彼女の行動を目に良く思っていない人物は数人にいるらしく、その中で俺の親衛隊の幹部…あれファンクラブの会長と取り巻きだっけ?まあそんな風に名乗っているらしい人たちが激怒している。という情報を入手したのはつい先日のことだった。
朝練を終えて下駄箱に近づけば、苗字さんの姿。彼女はきょろきょろとあたりを見回してから、ちらりと俺の下駄箱をチェックしていた。ストーカーじゃないっスか、と思わず呟きそうになったけど、今 自分自身がしている行動も彼女の行動となんら変わりないことに気付き心の中に留めておくことにした。何で俺は隠れてるんスかね…。なんか情けねーや。そう思っていたら彼女の元に数人の女の子たちが集まってきた。あれ、これやべーんじゃねえ?
彼女とは話の内容や態度からして友達というわけではなさそうだ。雰囲気はまさに険悪そのもので、俺は更に出るに出れなくなる。それから少しして苗字さんの周りに集まったのが先日森山センパイが言っていた、親衛隊の幹部の人たちだと気付いた。

「あなたたちが、最近私に嫌がらせしてた人たちですか?」
「嫌がらせ?そんなつもりはないけど?」
「私物隠したり人の物勝手いじって、嫌がらせ以外に何かありますか」
「それはお互い様なんじゃない?」
「私達の黄瀬君を自分の物のように接しているんだから、こっちとしては不愉快でしょうがない」
「自分の物って、そんな風に考えたことなんてないです」
「黄瀬君も私達にとっても苗字さんの存在が嫌がらせでしかないって理解してもらいたいんだけど」
「苗字さんってさ、もしかして自分が黄瀬君の特別だとでも思ってるの?」
「黄瀬君も随分迷惑してるの解ってる?彼を好きなら近づかない方がいいんじゃないかしら」
「……………」

数人の女子に一気に詰め寄られてる苗字さんは未だに一言も口にしていない。可哀相だとは思うけれど親衛隊の人たちの言っていることも事実である。けれど親衛隊の皆が彼女の行動を不愉快だと感じて、それで彼女に嫌がらせを行うのはどうかとも思う。そういえば最近苗字さんの腕や膝に痣が増えてきたな、とふと思い出す。彼女は普段から危なっかしい人っていうかアホな人だと思ってたからまたその辺で転んだのだろうと軽く考えていたけど、もしかしたら過激な女子たちから危害を加えられていたのかもしれない。そんなに傷付いておきながらなお俺の元へ走ってきて笑顔でいれる彼女って何なんだろう。俺ってそこまでされても好きでいれるほどの人間なのか?

「私は…特別だなんて思ったことはないけど、特別になりたいとは思ってるよ」
「それが無駄だって気付いてないの?」
「好きだから、黄瀬君にも好きになってほしいから頑張ってるだけ」
「だから、そういうのが迷惑って言ってるの!」
「その頑張りが無駄ってことにいい加減気付けって言ってるのよ」
「無駄な努力なんてないよ。今は好きじゃないかもしれないけど頑張ってたら好きになってくれるかもしれない!諦めるなんて絶対嫌!私は黄瀬君が好きなんだから、あなた達に何を言われたって何をされたって関係ない!努力が実らないことだってあるけど、努力次第で何かが変わるかもしれないんだよ。その可能性を捨てるなんて私は出来ない」

あー…、そこまで言われたら、もう俺に近づくななんて言えないじゃないスか。話の原因が俺にあるだけに俺が出ていったら火に油を注ぐようなものだと思って身を潜めてきたけど、険悪ムードがさらに悪化してきたのでしょうがない。

「おっ、みんなおはよーっス!」
「き、黄瀬君!」

親衛隊の方の顔が引き攣る。パッと後ろを振り返って俺を視界に捉えた苗字さんは一気に笑顔になって、いつもみたいにうるさい声で「おはよう、黄瀬君!今日もかっこいいよ!!」と挨拶してきた。
この人の笑顔の理由が俺なら、もう少しだけ自由にさせてもいいかな なんて思ってしまったのはここだけの秘密ってことで。

「ははっ朝から苗字さんはうっさいっスね!」
「えへへーっ今日も元気だよー!ありがとー!」
「…別に褒めてないんだけど」

親衛隊の人たちには挨拶して笑顔振りまいて、「早く教室行かないと遅刻っスよー」なんて優しく対応できるのに。何でか苗字さんにはついつい冷たい言葉を返してしまう。それでも彼女は幸せそうに笑って返すのだから仕方ない。俺の身勝手さもわがままも許してくれそうなその笑顔をもう少し見守っててもいいかな、なんて俺って何様って感じ。

「私ね、黄瀬君好きだよ!だから大丈夫!」
「何が大丈夫なんスか?」

なんて言いつつどこか安堵している自分がいるのは何故か。

「黄瀬君、私のこと好き?好きになった?!」
「そりゃ…まだまだっスね。てか全然?」
「そっかぁじゃあ今日も頑張るから!全力で黄瀬君好きだから!」
「はいはい、せーぜー頑張ってくださいっス」

力強くうん、と頷く彼女に思わず笑みが零れそれを見た彼女がぽかんと口を開くと同時にかあっと顔を一気に真っ赤にさせた。忙しい人だとつくづく思う。
きっとこの人は自分のわがままも身勝手さも許されると思っているんだ。だから五分五分ってことで今はいいかな。