Syringa vulgaris | ナノ
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Lilac


私が黄瀬涼太という人物に心を奪われた理由は客観的に見たらとても単純だと思う。私という人物はその辺で黄瀬涼太について騒ぐ女子となんら変わらない。彼に魅了された大勢の中の一人に過ぎなかった。抜け駆け禁止を掲げお互い牽制しあっている子たちと違うのはそこだと思う。抜け駆け禁止?笑わせないでよ上等抜け駆けたもん勝ちよ、そんな闘志を燃やしながら私は今日も黄瀬涼太へラブアタックしている。

「あの時、黄瀬君がナンパから助けてくれた時から私の心は全部黄瀬君のものって決めたんだよ!」
「そんな勝手に決められても、ってかもらわないっスよ」
「黄瀬君はあの日から私の王子様なんだ!」
「うーん…人の話相変わらず聞いてくれないっスねー」
「だから私を黄瀬君のお姫様にしてほしいの!」

眉を八の字に下げながら笑う黄瀬君の心はきっと困り果てているのだろう。けどそんなの関係ない。困るくらいなら私を受け入れて!って感じ。

「こんな廊下の真ん中でよく恥ずかしくないっすね」
「黄瀬君への愛を恥じるなんて私には出来ない、有り得ない!」
「そういうことじゃないんスけど…」

困ったっスねー…苦笑いしながら右手の人差し指で頬をかいた黄瀬君は呟いた。
3ヶ月程前、学校が半日で終わったのをいい事に街へお買い物へ出かけた日のことだった。一人ウィンドウショッピングを楽しんでいたら、知らない男の人たちに絡まれた。そこに現れて私を彼らから解放してくれたヒーローが今目の前にいる黄瀬君だった。本当に、王子様に見えた。
実際に彼は王子様だったんだけど。学校ではその容姿から女の子たちに騒がれているし、学校だけじゃなくモデルという顔も持っている彼は今や街行く女の子たちの王子様だったのだ。女の子たちの注目の的、その事実を知って私のハートは更に燃えた。この人のお姫様になりたい。彼を好きになった時にそう思った。
彼に恋をしてはや3ヶ月、好きを自覚してからの私の毎日はとても輝いていた。毎日彼に振り向いてほしくて、挨拶から部活の応援。愛を語らなかった日はなかった。休日以外。いつか振り向いてもらえるように、好きになってもらえるように頑張ってる。頑張ってるけど一向に黄瀬君は私を好きにはなってくれない。

「あんまり傷付けるようなこと言いたくないんスけどねー、君の気持ちには応えられいっスよ。だから諦めてくださいっス」
「そんなの、絶対嫌!」
「…は…、…?」
「傷付いてもいいし、諦めなかったら黄瀬君が私に応えてくれる日がくるかもしれないじゃない!」
「そんな日が来そうにないから言ってるんスけど」

ふう、と黄瀬君が溜息を吐く。そしてまた困ったという風に私を見る。諦めるなんて絶対嫌。大勢の女の子たちの中の一人だけど、いつか一人の女の子として見てもらうって決めたんだから!
黄瀬君が口を開く、その直後に笠松先輩の黄瀬君を呼ぶ声。黄瀬君は私の後ろからした声の方へ目をやると、開きかけた口を一旦閉じて「先輩来たし行くっスけど」、私の横を黄瀬君がすり抜ける。
すれ違う瞬間、微かに香る黄瀬君の匂いに心臓が鳴る。

「俺に好かれることはないっスよ」

ドキッとしたのとは一変ズキリと心臓に響くその言葉。突き刺さる言葉はとてもとても悲しくて、痛い。なのに黄瀬君を好きって気持ちは変わらない。好きになってくれない。100%そうとは限らない、そう信じてるから諦めない。
好きが減ってくれないんだもん、諦められるわけないんだ。