1周年記念:お題で夢を書く:跡部中編 | ナノ
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ここ数日彼女の元気がないことには気付いていた。その理由も理解していた。今、目の前で体育座りをしている俺の身体や表情は元気がないというか、生気そのものが失われていた。俺様らしくないこの顔は名前のそれと似ている。

「何落ち込んでんだよ」
「落ち込んでません、反省中なんです」
「落ち込んでんじゃねーか」
「…じゃあそういうことです」
「(めんどくせ)」

気にしなくていいと何回言わせれば気がすむんだこの女は。何も気にせずただ俺の前で笑ってくれてればいいのに、それが俺の身体で俺の顔だとしても彼女の心はいつでも笑っていてほしい。
こんな名前見ていても気持ち悪いだけだな。心の中で呟いたつもりが口から出ていたらしく先ほどまでしおらしくしていた名前が睨んできた。そうそういつもそうやって俺につっかかってきてた。それでいいんだよお前は、そう頭を撫でてやると彼女は少しだけ頬を染めて小さくごめんねと謝った。別に謝罪がほしかったわけじゃないんだがな。

 
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入れ替わった日と同様に今回も跡部はお客さんが泊まる部屋に寝ることになった。こんなに広いんだから二人で寝ても大丈夫だと思うけどな、そう冗談っぽく言ってみたら跡部は顔色一つ変えずにあんまそういうこと言うなと断ってきた。自分は大事にしてやんねーと可哀相だぜと頭をくしゃくしゃ撫で回される。跡部にかまをかけるつもりだったのに跡部は私の何倍も大人だった。跡部の言葉が胸の奥深くにまで落ちていく。なんだか悲しい気持ちになった。この悲しい思いを言葉にするとしたらどんな単語で表すのだろう。辞書を引いたら解るのだろうか。教科書の最初から最後のページまでを熟読すれば解るのだろうか。専門家に聞けば解るのだろうか。跡部ならこの悲しさの行き場所を知っているだろうか。悲しくて、少し寂しい心の中に小さな針が刺さったようなこの感覚の意味を。

跡部のベッドは広くて、寝相の悪い私がいくら転がっても落ちない。跡部の部屋は大きくて、私がいくら走り回っても全然窮屈じゃない。跡部の部屋はシンプルな作りになっていた。私の部屋みたいにたくさんのぬいぐるみが転がっているわけでもないし、ブタさん貯金箱も漫画ばかりが並べてある本棚もお気に入りのCDが床に落ちていることもなかった。跡部がいない、この家のどこかにいるはずなのにその距離は測れないほど遠く感じる。もしかしたら隣の部屋かもしれないもしかしたらこの階のどこかの部屋かこの部屋の真下かもしれない。でも跡部はいないのだ。この広い部屋のどこにも跡部はいない。この空間のどこにもいない。一人きりでこの大きな部屋にいると頭ばかり使ってしまう。落ち着かない。こんなに広いのにいるのは私だけなんて寂しい。跡部は寂しくないのかな。

生活には慣れた、けどプレッシャーは休むことなく私の背中に押し寄せた。それが苦しくて今すぐ自分の身体に生活に戻りたいと思った。それと同時に跡部のことをちゃんと知ることができた。
マネージャーだから跡部のことなんてよく解ってるなんて自惚れていたのかもしれない。私はとんだ間抜けだなと自嘲をもらす。これは神様が与えた罰なのかもしれない、跡部なんてただ環境に恵まれているだけだって思っていた私への罰。

私がマネージャーというだけで跡部や他のレギュラーたちと仲よくできたのもきっと跡部のおかげだ。跡部のファンの子が私の存在を認めるわけないんだ。なのに私が彼女たちと接触する機会がないのはきっと跡部の根回しがあってのことだとこの数日間で理解した。まあ忍足が得意げに話してたんだけど。あの人は跡部のことをおちょくるのがお好きらしい。「跡部も過保護やなぁ」と笑っていた忍足だけど、私はその言葉を聞くまでずっと跡部がそこまでしてくれてるなんて知らなかった。喧嘩も言い争いもしょっちゅうだけど、クラスメイトだし部長とマネージャーっていう関係だからよく喋るしよく遊んだり仲はよかったけど、私が知ってる跡部は私といる時の彼だけだったんだと思うとなんだかとても損していたような気がしてきた。喧嘩仲間みたいに思う時もあったけど、それだけじゃ物足りないと感じてるのは何故だろう。

もしこのまま元に戻らなかったら私たちどうなるんだろう、そう思いながら布団をかぶってゆっくりと目を閉じた。このまま戻らなくてもいい、なんて思っちゃいけないのにな。

何を期待してるんだろう。